義兄弟

第六章

 「これからどうする?」
「映画でも見に行くか」
 兄弟の会話に、ぞっとする。
「頼む。もう、もう帰らせて」
 自分の言うことなど、聞いてもらえないと分かっていても、言わずにいられない。
 きっと、映画を見ながら、あのスイッチを入れるつもりなのだろう。
 映画館の暗闇に乗じて、何をされるか分かったものではない。
 そしてやっぱり、俺の願いは聞き届けられずに、俺は映画館へと連れて行かれた。
「何が見たい?ユウの見たいの見ようぜ」
「ほら、選べよ」
 急かされて、仕方なしに目の前に貼ってあるポスターを指さす。
「ハリーか。じゃ、学生三枚」
 時間が遅いせいもあって、映画館は閑散としていた。
 始まるまで間があるので、ロビーで時間を潰すことにする。
 タクは、電話を掛けてくる、とどこかへ行ってしまった。
「何か買ってやろうか。何がいい?」
「い、いらない」
「遠慮すんなよ。コーラで良いか?」
 ヒロは、コーラを二つとポップコーンを買い、その一つを俺に渡すと、寒々しい通路に置かれた長椅子に腰を下ろした。
 ヒロと並んで座りながら、俺は落ち着かない気持ちでいっぱいだった。
 紙コップの水滴と、緊張からくる汗で、手のひらが濡れる。
 本当に、ただ映画を見に来ただけなのだろうか。
 入り口で渡されたチラシを見ながら、ジュースを飲んでいるヒロの顔をちらちらと盗み見る。
 そんなわけがない、と頭の中で声が響いた。
 この二人が、何かを企んでいないわけがない。
 何かをされることは、確実だろう。
 それだけは確かで、それについては、俺も覚悟していた。
 ただ、何をされるのか、もしくは何をさせるつもりなのかは、分からない。
 さっきのレストランでされたような事をまた、されるのだろうか。
 緊張で喉で乾くが、手に持ったコーラでそれを潤すことすら思いつかないほど、俺は動揺していた。
 そんな俺に、ヒロがのんきに話しかけてくる。
「映画すげー久しぶりだよ。これって何作目だっけ。ハリーってシリーズだよな」
「う、うん」
 生返事をするのがやっとだ。
 端から見れば、自分達は友達同士のように見えるのだろう。
 まさか俺が、身体の中に異物を埋められ、兄弟の慰み物になっているとは、誰も想像だにしない。
「もうすぐ始まるって」
 俯いていた俺は、頭の上から聞こえた声に、びくりと顔をあげた。
「行こうか」
 意味ありげな笑みと共に、拓が目の前に差し出した手を、俺は握るしかなかった。
 ひともまばらな広い場内の、一番後ろのシートに、俺を真ん中にして座る。
 間もなく宣伝が始まり、場内が暗くなった。
 俺の鼓動は早くなるばかりだ。
 いつ、いつコレは動き出すのだろう。
 意識すると、つい身体に力が入り、体内深く沈められたソレを締め付けてしまう。
 次々と登場する予告編。
 俺の前を、ポップコーンが行き来し、タクとヒロが静かにそれを咀嚼する音が、一瞬の静寂に聞こえる。
 音楽と共に、本編が始まっても、俺の身体には、何も起こらなかった。
 タクもヒロも、スクリーンから目を離さない。
 俺の身体から、徐々に緊張が取れていった。
 本当に、映画を見に来ただけみたいだ。
 いつしか俺も、映画に引き込まれていった。
 始まって、しばらく経った頃、タクが手にもっていた携帯が、ぶるっと一つ震えた。
 着信を報せるランプが、場内の暗闇に点滅する。
「行くぞ」
 くいっと腕を引かれて、俺は驚きながらタクの顔を見た。
「え、どこに…」
「トイレ」
 そのまま、二人に脇を抱えられるようにして、外へと連れ出され、隅にあるトイレへ連れて行かれる。
 いやな予感に、一気に心拍数があがった。
「嫌だ、なんだよ…っ」
 抵抗はあっさり封じられ、そのまま個室の一つへと押し込められる。
 改装したばかりなのか、古い映画館に似つかわしくなく、トイレの中は明るく綺麗だった。 
 男性用にしては、個室も広い。
 が、大の大人三人が入るには狭く、ヒロは扉を開けたまま、その前を塞ぐように立ち、監視するように、トイレの外を窺った。
「な、なに。やだ、やだよ」
「しーっ、静かに」
 ほとんど泣きそうになりながら、タクの顔を見上げる俺の唇に、人差し指を押しつけ、タクがにっこりと笑う。
「大人しくしてた方が身のためだ」
「な、なにを、何をする気?やめてくれ、お願いだから…っ」
「うるさいな。コレでも噛んどけ」
 拓は、嫌がる俺に無理矢理ハンカチで猿ぐつわを噛ませると、怯えきった俺の手首にかしゃんと銀色の手錠を掛けた。
「ヒロ、手伝え」
 荷物掛けのフックに、その手錠を固定して、藻掻く俺の前髪を掴んで、その目を覗き込む。    
「んっ、んうっ」
 猿ぐつわの下で、声にならない叫びをあげ、俺は必死だった。
「んじゃ、良い子でな」
「運が良ければ、誰も来ないよ」
「悪けりゃ何人くるか分かんないけどね」
 本当に、誰がくるか分からない所に、こんな格好で放置する気なのだろうか。
「おっと、忘れてた。スイッチは入れておいたげる」
 血の気が引き、絶え間なく冷や汗が出てくる。
 にっこりとヒロが笑った途端、身体の奥で異物が振動し始めた。
「ん、うぅ…っ」
 刺激にうめき声をあげる俺を一人残して、ばたん、と扉が閉じた。