がっこう

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職員室

すっかり遅くなっちゃったな…
 牧野は薄暗い廊下を駆け抜けると、誰もいない階段を上り、職員室へと戻った。
 体育館にある倉庫の鍵が壊れてしまったので、修理していたら、つい夢中になってしまって、気づけば七時を過ぎていた。
 今日は土曜日なだけあって、教師達も誰一人として残っていない。
 しんとした職員室はなんだか不気味で、牧野は小さく身を竦めると、慌てて自分の席へ向かった。
「!!」
 窓際の自分の席に座る人影に、びくりと立ち止まる。
 あの、後ろ姿は…
「…桜井、先生?」
 そっと声を掛けると、その人物は、回転椅子ごとぐるりと振り向いた。
「お帰り」
 牧野の顔を見て、にっこりと笑う。
「どうしたんですか?こんな遅くに…」
 しかも僕の席で…。そう思いながら牧野が側へ寄ると、桜井はやけににこやかに牧野の顔を見上げた。
「先生こそ、こんな遅くまで何を?」
「ちょっと、倉庫の鍵を修理してて…」
「そう」
 牧野の言葉に、桜井が笑顔のまま頷く。 
 その笑顔を見た途端、牧野はある事を想いだして固まった。
「…今日って何日でしたっけ?」
 恐る恐る問いかける。
「俺の記憶が正しければ、27日。十月のね」
 明るく言う桜井に、牧野は冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「あの、今日って…、あの、もしかして…」
 しどろもどろの牧野の顔をじっと見つめ、桜井はゆっくりと口を開いた。
「いわゆる誕生日、ってヤツですよ。俺の。まぁ、三十過ぎると誕生日なんてめでたくないどころか、憂鬱になったりするモンですけどね、今年ばっかりは楽しみにしてたんですよ。恋人がね、お祝いしてくれる、なんて言うから」
「も、申し訳ないっっ」
 牧野はがばりと頭を下げた。
 桜井の恋人というのは、今のところ自分で、誕生日にお祝いをしてやると言ったのも事実だ。
 本当に、言い訳のしようがないほどすっかり忘れていた。
「イヤ、良いんですよ。牧野先生は、仕事熱心だし、まあ俺の誕生日より、倉庫の鍵の方が重要ですからね。俺は一人でおあずけ食らったイヌみたいに、部屋でぽつんと待ってた訳ですが、まぁ、そんなこと大した事じゃ無いですし」
 桜井は完全に怒る…というより拗ねている。二人きりなのに、先生呼ばわりだし、丁寧語だし。
「ごめんなさい。僕が全面的に悪かったです」
 椅子に座った桜井の前で、牧野は叱られた生徒みたいに、しょぼんと項垂れた。
「遅くなっちゃったけど、これから夕飯食べに行きませんか?」
 取り敢えず、機嫌を直して貰おうと提案する。桜井は、腹が減ると機嫌が悪くなるタイプだ。
 桜井は、ほんの少しだけ、拗ねたままそっぽを向いていたが、困った顔の牧野に向き直った。
「…今晩ずっと、一緒にいてくれますか?」
 桜井は結局牧野に弱くて…惚れた弱みというヤツだろうか…窺うように顔を見上げてしまう。
「勿論!明日も、空けてあるから」
 やっと少しいつもの調子に戻ってきた桜井に、牧野は勢い込んで頷いた。
「だから、ずっと桜井先生に…」
「マコト!」
 すかさず入る訂正に、苦笑しながら続ける。
「慎に付き合う」
 牧野の言葉に、桜井は顎を撫でながら足を組んだ。
「何でも言うこときいてくれる?」
 でかい図体して、子どもみたいな事を言う桜井に、笑って頷く。
「今日は俺が好きなだけヤっても良い?」
「…い、いいよ」
 今までだって好きなだけしてたじゃないか、という台詞をぐっと飲み込んで返事をする。
「まきちゃんが上に乗ってくれる?」
 …すごくイヤだ。けれど、今日ばかりはしょうがないよなあ。
 牧野は、しぶしぶ頷いた。
「…一回だけなら」
「OK!」
 桜井は、満足げに笑うと、ぐいと牧野を抱き寄せた。
「じゃあ、取り敢えずココでしよっか?」
「えぇ!?」
 あんまりな提案に、思わず大声を出してしまう。
「だって、ずっとまきちゃんの事考えてたら、俺もうこんなだもん」
 ぐい、と手を掴まれたかと思うと、牧野の手は、桜井の股間へと押しつけられていた。そこは布越しでもはっきり分かるほど、固く膨らんでいて…。
「言うこと、きいてくれるんだよね?」
 耳許に囁かれた言葉に、牧野はぶるりと身体を震わせた。
「で、でも、やっぱりダメだよ。こんな、学校でなんて…」
「無理遣りにでも、ヤっちゃうよ?」
 ぞろりと首筋を舐められて、一瞬身体の力が抜ける。
 桜井は、牧野を抱きしめると、横抱きに膝の上へと抱え上げた。

「誰か来たら…」
 Tシャツの下に滑り込む手に、中途半端な抵抗をしながら訴える牧野に、桜井が鼻で笑って答える。
「見せつけてやればいい」
 言葉と共に、いきなり唇が塞がれ、強引に歯列を割ってねじ込まれる舌に、牧野は身体を震わせた。がっしりと腕の中に抱きしめられながらも、小さく抵抗を試みる。
 絶対に誰も来ないとは言い切れないし、たとえ誰も来ないにせよ、職場…学校の職員室…で行為に及ぶなんて、人として、教師として、どうだろう。
 普段なら、桜井の巧みな口づけに、あっという間に蕩けてしまうのに、今日はやっぱり集中できない。
 ゆっくりと離れた唇に、牧野はじっと桜井を見上げた。
「な、やっぱり…やめないか?」
 精一杯甘えた声で最後のお願いをする。
「やめない」
 桜井はちゅっと音を立てて、牧野の唇に口づけた。
「今日の俺は、甘くないよ」

「あっ」
 胸の尖りをきゅっと指先で摘まれて、牧野は小さく声をあげた。
 二人分の体重で、椅子が壊れそうにギシギシ鳴るので、牧野は桜井の膝の上から、机の上へと場所を移動していた。
「いつ見ても綺麗な身体だ…」
 シャツを胸元までたくし上げ、桜井が晒された素肌に手のひらを滑らせる。
 学生時代、体操で鍛えた牧野の身体は小柄ながら均整がとれていて、桜井は見る度に感嘆してしまう。
 桜井は、滑らかな肌に顔を寄せると、ぺろりと肌を舐め上げた。
 口づけを落とすたびに、ぴくぴくと身体が震える。
 上目遣いで牧野の顔を盗み見ると、牧野は暗がりでも分かるほど、真っ赤に顔を染め、唇を噛んでいた。
「恥ずかしい?」
 胸元に吸い付きながら利くと、牧野が微かに悲鳴のような声をあげて、ぎゅっと桜井の肩を掴む。
「でも、キモチイイでしょ?まきちゃん恥ずかしいの、嫌いじゃないもんね」
 桜井の声に、牧野は何も言わなかった。
 否定したいのはやまやまだけれど、違う!と言い切れないのが弱い所で。
 それほど行為に慣れていない牧野は、もともとの性格もあって、ひどく恥ずかしがり屋だ。 だけど、桜井の手にかかると、その恥ずかしい気持ちすら、快感にすり替わってしまって…。
 今も、こんな場所で快感に耽っている場合ではないのに、すっかり身体は熱くなって、ジャージの下の自身が自己主張を始めていた。
 ちゅ、ちゅ…と微かな音を立てながら、桜井の唇が徐々に下に下りていく。
「ひぁっ」
 いきなり股間に顔を埋めた桜井が、布越しの膨らみを噛むように刺激してきて、牧野は思わず高い声をあげた。
「ゃ、やだっ、あっ」
 鼻面を押しつけ、もぐもぐと噛むようにされて、その場所がますます熱く張りつめる。
「止めてっ。もう…」
 ともすれば吐き出してしまいそうで、牧野は涙ぐみながら、両手で桜井を引き剥がした。
「止めて良いの?」
 牧野の膝に手を掛け、悪戯っぽく問いかけてくる桜井の顔は、端正なのに、どこか粗野な雰囲気が漂っていて…。
 生徒の間では、コワイ先生で通っている桜井だ。
 決して手を挙げたり、怒鳴ったりはしないけれど、生徒を叱る時の低い声と無表情は、妙に迫力があって、裏稼業はヤクザなのだとか、昔はヤンキーで暴走ってたらしいとか、いろいろな噂があった。
 そんな噂があることを知りながら、特に否定もせず、誰に対しても無愛想で、妙に冷たい表情をすることもある桜井は、教師達の間でも変わり者扱いされていたが、牧野が赴任してきた今年の春、そんな桜井が豹変した。
 牧野に一目惚れした桜井は、あの手この手で迫りまくり、結局口説き落としてしまったのだが、牧野と付き合い始めて以来、桜井は妙に愛想の良い笑顔のセンセイになってしまった。 
 それがかえって不気味がられて、結局生徒にも教師達にもコワイ、ヘンな先生だと思われている桜井だが、それが彼の懸命の努力だと言うことを知る人は少ない。
「桜井先生は、笑顔の方が素敵ですよ。先生の笑った顔、僕、好きだな」
 にっこり微笑んだ牧野に言われて以来、桜井は少しでも牧野に気に入られようと、日々笑顔の毎日を過ごしていたのだった。
 なんといっても、桜井は牧野に心底惚れていて、桜井のお願いなら、基本的に…例外も多々あるけれど…聞いてしまう。
                                   
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