土曜日の朝、僕はやっぱりナオさんの胸の中で目を覚ました。
もう、明日からは目を覚ましても、すぐ側にナオさんは居ないんだ、
と思うとつんと鼻の奥が痛くなる。
僕は思わずナオさんの胸に縋り付いて、小さく鼻を鳴らした。
あの一件以来、どうも涙腺が弱くなっているみたいだ。
暖かな胸に顔を埋めて目を瞑っていると、切なくて涙が出そう
になる。
すんと鼻をすすりあげたら、そっと髪を撫でられた。
驚いて顔をあげると、ナオさんがにっこり僕に笑いかける。
「おはよう」
そういうナオさんの目は、いつもの寝ぼけ眼じゃなくて、僕は
手を伸ばしてナオさんの頬を撫でた。
「もしかして、ずっと起きてたの?」
もぞもぞと身体を移動させて、ナオさんの肩口に頭を預ける。
ナオさんは小さく頷きながら、僕の手をとって口づけた。
「ずっと、まこちゃんの寝顔を見てた」
目を細めて、僕の髪をやさしく撫でる。
僕はナオさんにぎゅっと抱きついた。

時計の針は7時ちょっと前を指していた。
11時過ぎの飛行機でお母さんは帰ってくる予定で、僕は空港まで
迎えに行くことになっている。
僕はずうっとナオさんの家に泊まっていたから、自宅に電話があっても
分からなくて。
「一度ご両親に電話した方がイイ」
心配したナオさんに促されて、僕は一昨日電話を掛けた。

 

「お母さん?僕」
国際電話なんて初めてで、ドキドキしたけど、受話器から聞こえてくる
声は明瞭で、ご近所に掛けているのと変わらなかった。
「まこ!!お母さんなんっかいも電話したのよ〜?ドコにいたの?」
予想通りの展開だ。
「ごめん。ずっと、友達の家に泊まってた」
「ずっとって、そんな何日も泊まったりして・・・ご迷惑じゃないの?」
僕はチラリとナオさんを見た。
すぐ側に居るナオさんは、鼻歌まじりに折り紙で箱を作っている。
「たぶん、迷惑じゃないと思うけど・・・」
僕がこう云うと、ナオさんが顔をあげた。
「おかあさん?」
電話を指して小声で云うのに、無言で頷く。
「ちょっと替わって?」
え?と思う間もなく、受話器を取りあげられてしまった。
「あ!こんばんわ〜。江崎と云います。初めまして〜」
ナオさんはにこやかに挨拶している。
「イヤイヤ迷惑やなんて。わはは。や、僕一人暮らしなんで。ええ。
学生です。N大2年。あ〜、そうそう。たまに勉強も。とんでもない!
まこちゃんにはご飯作ってもらったりとか。そうなんですよ〜。わはは」
随分話が弾んでいるようだ。
「あ、なんなら僕がまこちゃん連れて・・・?イヤ、僕も心配やし。
や、そんなこと気にせんで下さい。ええ。あ、替わりますね〜」
大分長いこと話してから、ナオさんはようやく僕に受話器を替わった。
「あ、まこ?お母さん日曜日の11時過ぎに着く飛行機で帰るから。
江崎さんが付いてきて下さるそうだから、一緒に迎えにきてね?
あ、江崎さんにご迷惑かけちゃダメよ?面白くていい人ねえ」
「ちょっと待って!ナオさんとお母さんを迎えに行くの?」
「そうよ〜。江崎さんはナオさんって云うの?会えるの楽しみだわ」
お母さんは嬉しそうに笑っている。
ナオさんとお母さんを会わせるのか・・・・。
僕はドキドキしながらお母さんにバイバイして、受話器を置いた。
僕がこんなにドキドキしているのにも拘わらず、振り返ってみると
ナオさんは相も変わらず折り紙をしていて、気が抜ける。

「ナオさーん」
後ろからぎゅうっと抱きつく。
「ん?電話終わったん?」
「うん。僕のお母さんと会うの?」
「そやよ〜」
ナオさんは折り紙の手を止めて、僕に向き直った。
「前から、一度ご挨拶しておきたいと思ってたし」
ナオさんは真面目な顔をして僕を見つめる。
僕はちょっと顔を逸らして俯いた。
しばらく黙ってから、口を開く。
「あの・・・、僕とナオさんが・・・その、ああいう関係だって事・・・・
云っちゃうの?」
僕は少し俯きながら、小さな声で云った。
ナオさんと付き合って、もう半年になる。
両親に、大学生の友達ができたことは話していたけど・・・、さすがに
ナオさんとの関係は言いづらくてまだ云っていない。
万が一、反対されたり、会っちゃダメなんて云われたりしたら・・・と
思うと怖くて云えなかった。
「イヤ、今はまだそこまで云うつもりは無いけど・・・、まこちゃんが
ゆって欲しいなら云うよ?」
ナオさんは優しく僕を抱き寄せた。
暖かい胸の中に抱きしめられて、ナオさんの匂いを胸いっぱいに
吸い込んでみる。
幸せで、涙が出てきそうだった。
全部云ってしまいたい気持ちと、反対されたらどうしようという不安が、
胸の中でせめぎ合う。
僕はしばらく黙ったまま、ナオさんの胸に抱かれていた。
「やっぱり、云うのは今度にする」
ナオさんは、云ってしまいたいのだろうか?
ちらりとそう考えたけど、結局僕は小さくこう呟いた。
「うん。じゃあ、そうしようね」
ナオさんの手が、柔らかく髪を撫でる。
僕はナオさんの心臓の音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

ちくたくと無情に動く時計の針から目を逸らす。
時計はもう、7時を指していた。
「帰りたくないなあ」
まるで小さな子どもみたいに、僕がナオさんにしがみついて
ぐずるように云うと、
「僕かて帰したくない」
ナオさんまで、子どもみたいに口を尖らせて云う。
僕らは顔を見合わせて笑うと、それからそっと唇を重ねた。
僕に覆い被さるように、ナオさんは深く口づける。
ゆっくりと舌先で歯列を辿り、上顎を舌先でこちょこちょ擽る。
僕はいたずらなナオさんの舌を追いかけた。
ナオさんの舌は、器用に僕の舌から逃げて、僕の口中をくまなく
這い回る。
「ん・・・・」
追いかけるのを諦めた途端に、きつく舌が絡んできて、思わず甘く
喉を鳴らす。
僕はナオさんの舌を甘く噛んだ。
一頻り舌を絡め合って、飲み込みきれない唾液が口の端から零れる
頃、ようやく唇が離された。
「はあ・・・・」
激しい口付けに潤んだ瞳で、ナオさんを見上げる。
ナオさんは僕を見つめたまま、僕の髪を、耳を、頬を、首筋を、
たしかめるように撫でていった。
「帰したく無いなあ」
ナオさんが僕をぎゅっと胸の中に抱きしめる。
その声には、随分本気が込められていて、僕はすごく安心した。
「ずっと一緒に居たいなあ。離れたくない」
ナオさんは僕を抱きしめたまま、駄々を云う。
「また、すぐに会えるよ」
僕はナオさんの背中を撫でた。
ナオさんは時々すごく甘えんぼうだ。
普段はナオさんにべったり甘えてる僕だけど、こんな風に甘えられる
と、逆に僕がなだめるしかなくて。
首筋に顔を埋めたナオさんの柔らかい髪を指先で梳く。
ナオさんの熱い息が首筋に掛かる。
僕は、派手についた寝癖を撫でつけるように、手のひらで髪を撫でた。

「ここから・・・空港までどのくらいかかる?」
僕が聞くと、ナオさんは小さく顔を上げた。
「こっから終点までが11分。終点の駅から、バスに乗り換えて40分。
1時間弱かな・・・」
1時間弱かあ・・・・。
頭の中で、タイムテーブルを組み立てる。
11時までに飛行場に着けばよいから、家はバスの待ち時間を考えて
も、9時半頃に出ればいい。30分もあれば、準備はできるし・・・。
「最後に一回やるには、十分やね」
僕の考えを見透かしたかのように、ナオさんは僕を見つめてにやりと
笑った。

「んんん・・・・・っ」
ゆっくりと熱いナオさんが身体の奥まで入ってくる。
快感が背筋を一気に這い登り、頭をじんと痺れさせる。
僕は小さく頭を振って快感に堪えた。
「まこ」
ナオさんが熱っぽく囁いて、いつになく性急に僕を揺すり上げる。
僕は腕を伸ばしてナオさんの首にしがみついた。
「んぅ・・・・」
僕の腰を押さえつけて、激しく腰を打ち付けながら、ナオさんが唇を
寄せる。
僕は自分から、ナオさんの首を抱き寄せて、噛みつくように口づけた。
部屋の中に舌を絡め合う濡れた音が響く。
舌を思いきり吸い上げられて、視界が白くけぶる。
「は・・ぁ・・」
僅かに唇が離れて、僕は小さく吐息を洩らした。
「ナオさん」
じっと目を見つめて、震える声で名前を呼ぶ。
ナオさんは優しく笑んで暖かな手のひらで僕の頬を撫でた。
「ナオさん」
もう一度名前を呼びながら、手のひらに頬を擦り寄せる。
「だいすき」
云った途端に、涙がこぼれた。
「まこ・・・」
ナオさんの舌が、そっと涙を受け止める。
「僕も・・・まこのこと愛してる。大好きやよ」
首筋に顔を埋めて、ナオさんが低く囁いた。
大きな背中に手を回す。
ナオさんの動きがスピードを増し、僕はあっというまに追いつめられた。
「あっ、あっ、あ・・・あ・・・あんっ!!」
僕の身体を知り尽くしたナオさんが、確実に僕の弱いところを責め
立てる。
僕はひっきりなしに甘い声をあげて、ナオさんの背中に爪を立てた。
「も・・・ダ・・メ・・・っ」
息も絶え絶えになりながら、ナオさんに訴える。
「ん・・・・」
ナオさんは甘く喉で答えると、僕の額に口づけてから、一層深く僕を
抉った。
「ああ・・・・・っ!!」
僕の悲鳴のような声と共に、ナオさんと僕の間が熱く濡れる。
「・・・・・っく・・」
続いてナオさんも、僕の中に迸りを叩きつけ。
僕らは荒い息のまま、きつくお互いを抱きしめあった。

 

「歩ける?」
「・・・・なんとか」
僕はよろよろしながら靴を履いた。
「まこちゃん、生まれたての子馬みたいな立ち方」
僕に手を貸しながら、ナオさんが笑う。
「こうなったのは、半分はナオさんのせいだからね!」
ナオさんの腕に捕まりながら、僕は小さく頬を膨らませた。
ナオさんは笑って頬に口づけると、大きく玄関のドアを開けた。
「ああ、いい天気だ」
目を細めて、ナオさんが空を仰ぐ。
薄青い空は穏やかに晴れていて、本当に良いお天気だった。
「さ、行こう」
促されて、歩き出す。
この一週間長かったような、あっと言う間だったような・・・
差し出された手を握って、僕は感慨深く一週間を振り返った。
とにかく・・・すごく楽しかった!
幸せで、頬が緩む。
どこかでうぐいすの鳴き声がした。

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