筆録

INDEX

「香坂さん、お帰りなさい」
 玄関で私を出迎えた宗介の顔は、喜びに輝いていた。
「ただいま」
 にっこりと笑みを返すと、宗介の頬が赤く染まる。
「かばん、持つよ」
「ありがとう」
 ボストンバッグを手渡した時、一瞬手と手が触れた。
 その時、宗介の唇から、はぁ、と小さく悩ましげなため息が漏れたのを、私は聞き逃さなかった。
 三週間の海外。
 こんなにも長い間会わなかったのは、付き合い始めてから初めての事だった。
 それまでは、ほぼ毎日のように顔を合わせ、半同棲とも言える生活を送っていただけに、この三週間は、宗介にとってつらい日々だったようだ。
「さみしかったか?」
 ジャケットを脱ぎながら聞くと、宗介は素直に頷いた。
 何故か、ソファに座った私から離れて、遠巻きに私を見つめている。
「おいで」
 手招きすると、宗介はちょっとためらうように視線を彷徨わせたが、すぐに私の隣に少し離れて腰掛けた。
「大人しく、してたかい?」
 言いながら、ぐいと腰を抱き寄せる。
 勢い余って、私の腕の中に倒れ込んできた宗介は、声を震わせて「してた」と小さな声で言った。
「本当に?」
 腕の中に抱きすくめ、白い首筋に唇を寄せる。
 シャンプーの香りが鼻先を掠め、私は久しぶりの宗介の匂いを胸一杯に吸い込んだ。
「あっ」
 ほんの僅かに唇が触れただけで、宗介は小さく声をあげる。
 その声に含まれた色に、私は思わずにやりとした。
 久しぶりの甘い声。久しぶりに抱く身体。
 私は、服の上から、身体をまさぐるように手を動かし、首筋から耳許へと唇を這わせた。
「ん…っ、はぁっ」
 腕の中で、ぴくん、ぴくんと身体が震え、見る間に息があがっていく。
 ただでさえ感じやすい身体は、3週間の禁欲でさらにその感度を増しているようだ。
「あぁっ」
 やんわりと耳朶を噛んでやると、一層大きな声があがり、私の手のひらの下で、胸の尖りが固さを増した。
「せ、せんせ…っ」
 耳まで赤くなった顔を隠すように私のシャツに押し付け、宗介が舌足らずに「先生」と私を呼ぶ。
 それは、完全にスイッチが入った証拠で、私はふふんと鼻を鳴らすと、ぐいと後ろ髪を掴んで、宗介の顔を上げさせた。
 潤みきった目が私を捉え、濡れた唇が誘うように薄く開く。
 あからさまに口づけを欲しがるその唇に、私はわざと応えてやらなかった。
それよりも先に、聞くことがある。
「一人でしたり、してないだろうね」
 ごくっ、と小さく宗介の喉が上下する。
「答えて」
 言いながら両手の指で、Tシャツの上からでもそれと分かるほど、ぷっちりと勃ちあがった、胸の尖りを捻り上げる。
「しっ、してないっ」
 身を捩るようにして、叫ぶその姿は、私の行為から逃れようとしているのか、それともそれを悦んでいるのか、判断がつきかねた。
「一度も?」
 しつこく聞きながら、窮屈そうに固い生地を押し上げているジーンズの前の膨らみを、ぐいと膝頭で押す。
「してない、してないから…っ」
 宗介は、悲鳴のような声をあげると、私の身体に縋り付いた。
「だから、欲しい。先生が、先生が…っ」
 もう、我慢できない、と言った様子で抱きついてくる宗介を押しのけ、ソファから立ち上がる。
「寝室に行きなさい」
 一言告げると、宗介は飛び起き、跳ねるようにベッドルームに向かった。
「さて」
 一言呟き、床に置かれたボストンバッグから、包みを二つ取り出す。
 キッチンに行き、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出すと、一口飲 んでからベッドルームへ向かった。
 長い夜になりそうだ。



「どうした、電気も付けずに」
 仄暗い寝室の中、宗介は早くもベッドの上で私を待ちかまえていた。
 ベッドの脇のフロアランプが、既に服を脱ぎ捨てている宗介の身体を、ぼんやりと照らしている。
「先生」
 掠れた声で呼ばれて、私はぱちりと電気をつけた。
 僅かに部屋に漂っていた淫靡な空気が消し飛び、現実が戻ってくる。
 蛍光灯の白い光が部屋に満ち、宗介が眩しそうに目をしばたたかせた。
 机の上に二つの包みを置き、ゆったりと革張りのハイバックチェアに腰掛ける。
 椅子を回してベッドの方を向き、私は宗介を見つめた。
 宗介の目が、とまどいを含んで私をじっと見つめ返す。
「宗介に、おみやげを買ってきたよ」
 安っぽいクラフト紙の紙袋の一つを宗介に見せると、宗介は僅かに頬を赤らめた。
 今まで、どこかに行くたびに、私が買ってきた『おみやげ』を思いだしているのだろう。
 私は、宗介の期待に満ちた表情に笑いを漏らしながら、ひょいと包みをベッドに放った。
 宗介の手が包みに伸び、瞬間「あれ?」という顔をする。
 中を見た宗介は、あからさまにがっかりした様子で、小さくため息をついた。
「その本、読みたがってたろ?」
「…うん。どうもありがとう」
 宗介は、複雑な顔をしていた。
 ずっと、宗介が探していた本だ。
 普段の時ならば、宗介は飛び上がって喜んだだろう。
 でも、今の宗介には、期待はずれ以外の何ものでもなかったようだ。
「せっかくだから、今から読むといい」
 私が言うと、宗介は「え」と小さな声をあげて、私の顔を見上げた。
「私も、忘れないうちに、今回の事をまとめておきたいから」
 半ば泣きそうな顔をしている宗介に、にっこり微笑み、私はくるりと背を向ける。
 私は、机に向かうと、愛用のバインダーを取り出して、旅の記録をまとめ始めた。
 ベッドの上で、裸の宗介が困ったように本のページをぱらぱらとめくっている。
「先生」
 数分も経たないうちに、宗介はベッドを降りると、床に座り込んで、私の膝に縋り付くように身を寄せた。
「なんだい?」
 足元にまとわりつく犬でも構うように、手を下ろしてその髪を撫でてやる。
 宗介は、嬉しげに顔をあげると、上目遣いに私を見た。
「しゃぶらせて」
 私と目を合わせたまま、宗介の指先が、物欲しげに私の股間へと伸びる。
 私はぴしゃりとその手を叩くと、聞こえよがしにため息をついた。
「私は君を、そんなはしたない子にしつけた覚えはないよ」
「…ごめんなさい」
 小さな声で言って、うなだれる宗介のうなじをからかうように指先で撫で、私は机の上に置かれたままの、もう一つの包みに手を伸ばした。
「本当は、あとでゆっくり…と思ったけれど、しょうがない。先にコレで遊んでなさい」
 宗介の鼻先に包みをぶら下げると、私の顔を見つめたまま、両手でそれを受け取った。

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