部屋の中はクリスマスの雰囲気に満ちていた。
部屋の隅には小さいけれど、本物の木を使った
クリスマスツリー。
玄関のドアには、一緒に作ったリース。
部屋のそこここできらきらとひかる折り紙で作られた
様々な飾り。
そして、オーブンの中にはお決まりのチキン。
僕は鍋の中でことこと煮えるオニオンスープの味を見た。
「おーいしーい!」
自画自賛して火を止める。
僕は満足の溜息を吐いて、台所を見回した。
クリスマスのごちそうの準備はあらかた済んで、あとは
もうじき帰ってくるナオさんを待つばかりだ。
ナオさんはもうずうっと前から、この日を楽しみにしていた。「ね、まこちゃん。クリスマス、デートしような」
「へ?」
ナオさんんがこう云ったのは、気が早くも10月の初めの
事だった。
今年の秋は暖冬で、10月でも天気の良い日は半袖でも
過ごせるほどで。
半袖で、くりごはん用のくりを剥いてる時に、いきなりこの話だ。
僕が面食らった顔をして居ると、ナオさんは心配そうに僕の顔を
のぞき込んだ。
「もう、予定入ってるの?」
「ううん。入ってないけど」
3ヶ月近く先の予定なんて、入ってる訳がない。
僕が首を振ってこういうと、ナオさんは目を輝かせた。
「じゃあ、じゃあさ、イブの夜はごちそう作ってパーティしよう?」
ごちそう作ってって、作るのは僕だよね?
僕は内心こう思ったが、目の前で浮かれるナオさんには適わない。
「いいよ」
僕が笑ってこういうと、ナオさんは嬉しそうに笑んで、ちゅっと音を
立てて僕の頬に口づけた。
クリスマスはやっぱり鶏肉。
スープはオニオングラタンで。
ケーキは木の形したのがいい。
サラダにはトマトとにんじんを入れないで。
餃子かワンタンか春巻きも作って。
メインは鍋がイイ。
あ、卵焼きも食べたい。だし巻きの。
ごちそうのリクエストを聞くと、ナオさんはうっとりするような顔を
して、こうのたまった。
サラダのあたりまでは、ごく普通のクリスマスのごちそうといった
感じだったけど、餃子あたりから雲行きが怪しくなって、メインは鍋、
ときた。
「いったいどれだけ食べる気なの?」
メモをとっていた僕が半ば呆れてこう云うと、ナオさんはにやりと
笑った。
「勿論、食後にはまこを頂く」
あっさりと云われた言葉に、僕は思わず絶句し、赤くなって叫んだ。
「や、やらないよっ!」
「やらなくても貰うもん」
「あげないったら!」
「クリスマスプレゼント!」
「クリスマスプレゼントは手袋編んで欲しいってゆってたじゃん!」
「両方」
「やだ!」
僕が頭をぶんぶん振ると、ナオさんがじっと顔をのぞき込んできた。
「どうしても?」
「・・・・・・・」
じっと見つめられる視線に、僕はとても弱い。
「・・・・・・いいよ」
恥ずかしくて、蚊の鳴くような声で答えた僕を、ナオさんはぎゅっと
胸に抱きしめた。
ナオさんの胸のなかは、あったかくて気持ちがいい。
なんだかうまく丸め込まれたような気もしたけど、僕は目を閉じて、
ナオさんにそっと身体を預けた。
「ただいまあ!」
チキンをオーブンから出していると、ナオさんが帰ってきた。
「お帰り〜!」
チキンを机の上にほっぽって、ナオさんを出迎える。
「まこ〜」
ナオさんは靴を脱ぎ捨てると、僕をぎゅうぎゅう抱きしめた。
「外、寒かった?身体が冷えてる」
僕をあげてこう聞くと、ナオさんは僅かに赤い鼻で笑っていった。
「すんごく寒いよ〜!雪が降るかも」
云われて窓の外を見ると、どんよりと重たげな雲が立ちこめていた。
「まこちゃんはあったかいねえ」
ナオさんは僕を抱きしめたまま、髪に頬を擦り寄せてくる。
僕はナオさんの背中にそっと手を回した。
「も、ほとんど準備できてるよ」
しばらく抱き合ったあと僕がこう云うと、ナオさんはパッと顔をあげた。
「そういやイイ匂いがする」
鼻をひくつかせるナオさんから離れて、僕は台所へ戻った。
チキンを出したあとのオーブンに、準備したオニオングラタンスープを
慎重に入れた。
「何か手伝う?」
「うん。そこのチキン居間に運んで。あと、これでできあがりだから」
チキンを運ぶナオさんの後ろにくっついて、シャンメリーを持っていく。
リビングのテーブルの上は、なおさんのリクエスト通りのごちそうで
いっぱいだった。
テーブルには、もう火を付けるばかりの土鍋。
たっぷり野菜と、魚介の鍋にした。
その横に、さっきオーブンから出したばかりの鳥のモモ肉。
肉の周には焼き野菜。
ナオさんは、野菜がそれほど好きじゃないけど、出せば綺麗に
食べてくれるから、栄養を考えて野菜は多めだ。
餃子かワンタンか春巻き、というリクエストだったので、今回はさっぱり
えびワンタンにした。
えびはナオさんと僕の好物だし。
卵焼きにはこれでもかと大根おろしが添えてある。
熱々の卵焼きが、冷たい大根おろしで冷まされるから、猫舌のナオさん
でも、食べやすい筈だ。
そして、しゃきしゃき野菜をたっぷり入れたサラダには、トマトとニンジンが
入れられない替わりに、彩りにスモークサーモンと、生ハムを入れた。
両方とも僕の大好物。
「お・い・し・そ〜〜!」
ナオさんの目がきらきらしている。
いつだってナオさんは、僕の作ったものを美味しそうに食べてくれて、僕は
それが嬉しくてしょうがなかった。
「いっぱい食べてね」
「もっちろん!」
小さな瓶のシャンメリーを開けて、二人で乾杯した。
「メリークリスマス!」
透明で、うす黄色のシャンメリーを、グラスをちりんと合わせた後、
僕らは一気に飲み干した。
食事を初めて早3時間。
時計の針は9時を指していた。
「ナオさんよく食べたねえ」
多すぎるかと思った料理も、全部残さず平らげられて、お皿は全部からっぽ
だった。
二人で一旦テーブルの上を片づけて、あらためてデザートの準備をする。
冷蔵庫から、午前中いっぱいかけて作ったブッシュ・ド・ノエルをそおっと
出すと、ナオさんの口から歓声が漏れた。
「わあ!これ、まこちゃんが作ったの!?」
子どもみたいな喜びよう。
僕までうれしくなってしまう。
「すごいねえ。食べるのが勿体ないくらい!」
目を細めて、感嘆の溜息をするナオさんに、僕は背伸びして口づけた。
テーブルの真ん中にケーキを据えて、紅茶を入れる。
切っちゃうのが勿体ない!と渋るナオさんをなだめて、ケーキを取り分ける。
「あ、せっかくやし、ろうそく点けようか」
ナオさんが、棚からいくつかろうそくを出してくる。
「・・・・・・・それ、何?」
「何って、ろうそくやよ?」
・・・・たしかにろうそくだけど、なんだか・・・・
「非常用やけど」
やっぱり!
「ま、ろうそくなんて、どれも一緒やって!」
ナオさんはわははと笑って、マッチを擦って小皿の上のろうそくを点ける。
ぱちんと電気を消すと、薄闇の中に5つの焔が浮かび上がった。
「きれい・・・・・」
思わず声が漏れる。
「ね?」
焔の向こうに、笑顔が見えた。
ほの暗いろうそくの明かりの中に、ナオさんの顔がぼんやりと浮かび上が
っている。
僕は、少し食べ疲れてフォークを置くと、ナオさんの顔をじっと見つめた。
「ん?」
視線に気づいたナオさんが顔を上げる。
「クリーム付いてる」
僕は手を伸ばして、指先でナオさんの口の端のクリームを掬った。
「小さなコドモみたい」
指にクリームを付けて僕が笑うと、ナオさんの舌が伸びて僕の指を舐めた。
そのまま、指先に柔らかな舌が絡まる。
僕は手を引くこともできずに、じっとされるがままだった。
ちゅっ、と音をたてて指から唇が離れる。
じっと視線を合わせたまま、ナオさんが僕の手を引っ張り、僕はバランスを
崩してナオさんの胸へ倒れ込んだ。
気づいた時には、ナオさんにきつく口づけられていた。
不自然な体勢が苦しくて、僅かに唇を開けて息をつくと、唇を辿るように
舐めていた舌が口の中に滑り込む。
僕は唇を開いてナオさんの舌を受け入れた。
クリームの味のする甘い口づけ。
暖かなナオさんの舌が、僕の舌に絡みつく。
僕はそっとナオさんの舌を吸い上げた。
「ん・・・・・・」
知らず知らずのうちに、喉から甘い声が漏れた。
ナオさんは、僕の舌を柔らかく噛むと、そっと下唇を吸い上げながら、
ゆっくりと唇を離した。
「まこ。お前を頂戴」
鼻が触れ合う程の至近距離で、目を見つめたまま囁かれる。
「ん・・・・・クリスマスプレゼント」
僕は小さい声で囁くと、そっとナオさんの唇に口づけた。
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