dark novelette
□人研修
「足を開いて」
大きく足が割り拡げられるのは、やっぱり恥ずかしい。
抵抗こそしなかったものの、顔が赤くなるのは止められなかった。
無造作にスイッチを切ったバイブを引き抜くと、先生の手が柔らかな内股を撫で、中心に触れる。そこは、さっきからずっと、ゆるく勃ちあがったままだった。
「あなたはMの素質がありそうだ…」
きゅきゅっと前を扱きながら、先生がふふっと低く笑う。
「痛いのも、苦しいのも、嫌いじゃないでしょう?」
決めつけるように問いかけられて、僕は戸惑いながらも正直に答えた。
「す、好き…では、ありませんが…」
先生の手のもたらす快感に、言葉が上手く綴れない。
痛いのも苦しいのも、好きじゃない。
痛いことは嫌いだし、苦しいのもイヤだ。
それが本音だというのに、先生は小さく首を振った。
「そのうち、気づきますよ。自分はMだってね」
「…ぁあっ」
先端に軽く爪を立てられて、びくびくと身体が震える。
思わず溢れ出しそうになったモノは、先生の手によって阻まれた。
ぎゅっと根元を握り込まれ、痛みが脳天まで響く。
「いいと言うまで、出してはいけません」
僅かに涙の滲んだ僕の目を覗き込むようにして言う先生に、僕はただ頷くしかなかった。
「舐めて下さい」
少し冷たい指先が、唇に触れる。僕は、舌を出してその指を舐めた。
「しっかりと濡らしてください。そうでないと、痛い思いをするのはあなたですから」
言葉から察するに、後ろにコレが入れられるのだろう。
僕は、口の中を這う二本の指に、たどたどしく舌を絡ませた。
ぴちゃぴちゃと濡れた音が響き、飲み込みきれない唾液が溢れて、顎を濡らす。
「もう、良いでしょう」
ゆっくりと引き抜かれる指に、僕は大きく息を吐いた。
その瞬間、いきなり後ろに指が二本纏めて突っ込まれる。
「うあぁっ」
予想外の衝撃に、僕は潰れた声をあげて仰け反った。
激痛に、身体中から冷や汗が吹き出す。
「あぁ、痛かったですか?済みません」
謝罪を述べる口とは別人のように、容赦なく指先が内壁を抉り、激しく抜き差しされる。
何度も角度を変え、探るように内部を蠢く指先に、僕はぐっと歯を食いしばった。
「んあっ」
先生の指が、ある一点を掠めた途端、口から零れた嬌声に、自分で驚く。
「ココかな?」
ぐりぐりと内側からその場所を揉み込まれて、あっという間に自身が天を仰いだ。
「あっ、や…っ」
こみあげる射精感に、自由にならない身体を僅かにくねらせ、シーツを掴む。
「こんなに濡らして…」
止めどなく溢れ出す先走りで、ぐちゃぐちゃに濡れたモノを、先生の指がつっと撫で上げ、僕は息を呑んで、イきそうになるのをこらえた。
「部長も良い子を見つけたものですね」
勢いよく指を引き抜き、先生が呟くように言う。
「こんなにそそられたのは久しぶりですよ」
「大丈夫ですか?」
ぺたぺたと頬を叩かれて、僕はぼんやりと目を開けた。
「大丈夫、です」
掠れた声で言い、ベッドの上にのろのろと起きあがる。身体中べたべたして気持ちが悪かった。
時計を見ると、すでに昼を過ぎて二時近くになっている。
「健康診断はこれで終わりです」
にっこり笑う先生に、はぁ…と曖昧に頷く。
「また、会いましょう」
先生は、僕の頭に手を置くと、颯爽と部屋を出ていった。
今のは本当に、健康診断…だったんだろうか?首を捻りつつ、ベッドから下りる。
精液でべたべたする顔や身体を早く洗い流したかった。
足許がおぼつかなくてフラフラする。僕は、壁やドアにぶつかりながら、なんとかバスルームへと辿り着いた。
「疲れた…」
シャワーを頭から被りながら、ぼそりと呟く。ベッドに横たわって、好き放題されていただけだというのに、ぐったりと疲労していた。
執拗に弄られた後ろが、脈打つようにズキズキする。昨日の大滝さんの優しくて温かな手とはまるで違う、強引かつ乱暴な先生に僕は心身共にぐったりしていた。
これもまだ、序の口なのだろうか。
シャワーを止め、考える。
『部長は私のように甘くはないですから。明日は覚悟しておいた方が良いですよ』
先生の言葉を思い出して、僕はぶるりと身体を震わせた。
気が重い。
家に帰ってしまったら、来るのが怖くなってしまうような気がして、僕は家に電話を掛けた。
「リク?兄ちゃんだけど。今日、仕事で泊まりになるから、夕飯カレー温めて食べてな。火に気を付けなきゃダメだよ。戸締まりもきちんとして。明日も遅くなると思うけど、平気?うん。うん。頼んだ。分かったよ、じゃあね」
電話を切り、ため息をついてベッドへ戻る。
お腹は空いていたけれど、何も食べる気にはなれなくて、僕はベッドに横になると、シーツにくるまって目を閉じた。
疲れ切っていたせいか、眠りはすぐに訪れて。僕はしばし、何もかも忘れて夢の中を漂っていた。
なんだか妙な夢ばかりを見て、ろくに寝た気がしないまま起きると、外はもう薄暗くなっていた。
なんだか後ろめたい気分になりながら、台所へ行き水を飲む。
さすがにお腹が空いたので、僕は服を着ると、持参していた弁当を食べることにした。
ソファに座り、もそもそとおにぎりを食べながら、ぼんやりと考える。
人生、何が起こるか分からないものだな…。
今までまあ、ちょっと貧乏だけれど、ごく普通の人生を歩んできたと思ったのに、いきなり普通とはかけ離れた道を目の前に示されて。
拒否することが不可能だった訳じゃない。たとえ、この仕事を断ったからといって、今すぐ路頭に迷うわけでもなかったし、事情を話せば(と言っても、僕にこんなことを話す勇気はなかっただろうけど)、学校の先生や家族は僕を止めただろう(…たぶん)。
それなのに、僕は断らなかった。勿論、場の雰囲気というのがあって、あの時は断れる状況になかったのも事実だけれど、僕は部長の愛人だかペットだかになる道を選び、そしてそこをのろのろながら歩み始めている。
本当に、人生何がどうなるか、分かったもんじゃない。
僕はおにぎりを食べ終えると、ふぅっと大きく息を吐いた。
この二日間は、まるでジェットコースターに乗っているみたいで、次々にやってくる苦痛と快感、羞恥と屈辱に翻弄されているうちに、よく訳が分からないまま過ぎ去ってしまった。
これから、僕はどうなるんだろう。
つきまとう不安は果てがなくて。
広い部屋にひとりぼっちで居ると、なんだか泣きたくなってきた。
『悪いことばかりじゃないから』
ふと、大滝さんの言葉を思い出す。
『悪いことばかりじゃないから。良いことも、楽しいことも、たくさんあるよ、きっと』
その言葉が、本当かどうかは分からないけど、今の僕にとっては、何よりの救いの言葉で。
僕は優しかった大滝さんを思い出して、滲みそうになった涙をなんとか引っ込めた。
「よし」
小さな声で気合いを入れて立ち上がる。
部長が僕に課したリミットは、明日の朝十時。それまでに、準備をしなくちゃいけないから、今日はもう寝よう。
夜はまだ早かったけれど、僕は眠ることにした。
明日は明日で、なるようになるさ。
なるたけ明るく自分を励まして、ベッドに横になる。考えてみれば、夜に一人で眠るなんて、生まれて初めての事だった。
不意に弟の事が心配になる。父さんはちゃんと帰ってきてくれただろうか。今日は早く帰ると言っていたけど、父さんの約束は当てにならない。
一度心配になると、もうどうしようもなくて、僕は起きあがると、再び家に電話を掛けた。
「あ、父さん」
父親が出て、一安心する。どうやらちゃんと帰ってくれていたらしい。
マイペースでまくし立てる父親に、なんだかほっとしながら、短く会話を交わした。
「そう。仕事で。うん。うん。頑張ります。あ、明日も遅くなるから、早く帰ってやって下さい。え?大丈夫。はい。リクによろしく。はい。おやすみなさい」
電話を切り、ため息をつく。
『お前が、一人前に会社勤めできるようになったなんて、嬉しい』
そう言って、父親はがははと笑った。その後に、『これで俺も楽して酒が飲めるようになる』という台詞がついてはいたけれど、父さんが僕の就職を喜んでくれているのは事実だ。
その仕事は、実は部長の愛人だ、なんて知ったら、父さんはなんて言うだろう。
僕は、少し暗澹とした気持ちになりながら、ベッドに戻って横になった。
でも、もう後戻りはできない。
強い気持ちで思いながら、目を閉じる。
僕の中に、後悔はなかった。