dark novelette
□人研修
ダメもとで受けてみた、僕からすればかなりレベルの高い会社。
内定通知を付け取った時は、正直信じられなかった。
ペーパーテストはほぼ白紙、面接も散々だったというのに、何故?
何かの間違いじゃないかと思ったけれど、学校の先生や家族は喜んでくれたし、他に内定の出なかった僕には、選択の余地がなかった。
二月末に高校の卒業式を終え、三月中旬には早くも会社の研修が始まる。
中学、高校とたくさんアルバイトはしてきたけれど、会社勤めとなるとまた違うのだろうな…と僕は少し緊張していた。
研修初日。
集まった新入社員は二十人ほどで、その中で高卒の男は僕だけだった。
やっぱりヘンだ、と改めて思う。
入社試験には、何人も高校生が来ていたし、僕の他に僕の学校から受けた人も二.三人居た。それなのに、どうして僕だけが受かったんだろう?
自分を卑下するつもりはないけど、あの中で一番使えなさそうなのは、自分だったように思う。身体も小さいし、体力もないし、要領も悪いし、愛想もない。
無表情で無愛想で、学校の先生からも営業や接客業は無理そうだから、事務職を選ぶように言われたくらいだ。
この会社での部署が、どこになるかは分からないけど…、僕が人事担当だったら、僕は選ばないと思う。
やっぱり、何かの間違いじゃないだろうか。
本格的にそう思い始めた時、名前を呼ばれた。
「紺野君」
「は、はい…」
慌てて立ち上がる。
「ちょっと、こっちへ」
手招きされて、僕は内心溜息をついた。
やっぱり、間違いでしたって言われるんだ…
先に立って廊下を歩いていく人の後ろに、とぼとぼと付いていく。
「部長から、お話があるそうです」
行き着いた先は、部長室。
僕は、覚悟を固めた。
静かに背後でドアが締まり、部屋の中で部長だと言う人と、二人きりになる。
いかにも重役、という雰囲気を漂わせたその人は、ゆったりと椅子に腰掛けたまま、まっすぐに僕を見据えた。
「どうして、君がこの会社に入社できたのか、分かるかね?」
いきなり聞かれて面食らう。
「…分かりません」
本当に分からなかった。
こっちが教えて欲しいくらいだ。
そう思いながら、窺うように部長の顔を見ると、彼は僕を見もせずに、突然喋り始めた。
「君、なかなか不幸な境遇みたいだね」
「…はぁ」
不幸、なんだろうか?
あまり、深く考えたことがない。
「幼い頃に母親を亡くして、それからは酒浸りで借金まみれの父親と、病弱な弟と三人暮らし。絵に描いたような貧乏暮らしの中、働いて働いて、なんとか高校入学。高校に入ってからも、ロクに遊ぶ暇もなく、バイトに明け暮れて一家を支える…」
蕩々と述べられる自分の経歴は、ほぼ事実だった。
他人事のように聞いてみると、なんだか不幸のようにも思えてくる。
「いや、実に不幸だ。哀れだな、君は」
部長は首を振りながらしみじみと言い、僕は突っ立ったまま曖昧な返事を漏らした。
「…はぁ」
もしかして、同情を買って入社できたんだろうか?
不意に思いついた事ではあるけど、案外これが真実かもしれない。
一人考えを巡らせていると、部長がじっと僕を見ていた。
「私は君が気に入ってね」
「…ありがとうございます」
つまりは、この人が僕を採ってくれたのだろうか?小さく頭を下げると、彼は僕を見つめたまま、言葉を続けた。
「顔も、体つきも、境遇も、たぶん性格も…私好みだ。実に」
「………」
その言い方と言葉の内容に、僕は思わず黙り込んだ。
なんだか、少しヘンだ。
「君を、私の愛人にしてやろう」
黙ったままの僕に、突きつけられた言葉は、実に意外なものだった。
あいじん??
思わずきょとんとしていると、彼はにやにや笑いながらイヤ、違うな…と言葉を続けた。
「愛人、というのでもないな…。どちらかというとペットか…?」
一人で考え込むようにぶつぶつ言っているその人の顔を、僕はぽかんと見つめていた。
「…僕は、男ですが」
部長の愛人たるような女性でもなければ、ましてや犬や猫でもない。
思わず言った言葉に、部長は大笑いした。
「そんなことはわかっとる。私は男が好きなんだよ。それも、なるべく若い方がいい」
「………」
世の中には、男が好きな男もいる、という事は知識として知っている。
が、自分がその対象になるとは、思ってもみなかった。
「言っておくが、君には断る余地などないのだよ」
誰も、断るなどと言っていないのに、口調が急に威圧的な調子になってくる。
「この話を断るなら、君はウチに就職できない。内定を蹴ったとなれば、君の学校にも迷惑がかかる。この就職難の中、これから先、君に就職が決まるとも思えんし、そうなれば君の家族は路頭に迷うだろう」
彼の言うことは、どれもこれも反論しようがなく、実際僕に選択の余地はなかった。
僕の顔色を見て、彼も分かったのだろう。
にやりと満足げな笑みを浮かべて、椅子にふんぞり返った。
「私は優しい男だ。君が大人しく言う事を聞けば、可愛がってやるし、給料も弾んでやる。仕事は、私の秘書だ。…といってもまあ、仕事なんぞしなくてよろしい。期待もしとらん」
やっぱり、仕事の期待はされていなかったか…。
予想していた事だが、事実をつきつけられて、少しがっくりくる。
「…それで、僕は何をすれば…?」
愛人にしろ、ペットにしろ、僕には未経験だ。何をしたら良いのか皆目見当がつかない。
「君はその身体を使って、私に最大限奉仕すればよろしい」
…奉仕、と言われても。
僕は、困惑して黙り込んだ。
「困った顔をしなくても大丈夫。ちゃんと、研修があると言ったろう」
たしかに、今日から研修だと聞いている。
「君は、調教のし甲斐がありそうだ」
舌なめずりせんばかりの様子で、部長が僕を睨め回す。
「楽しみだよ。実に…」
そして僕の、新人研修が始まった。