「ねえ、聞いてる?」
ナオさんの返事がなくなったので、こう聞くとナオさんは
折り紙の手を休めずに言う。
「聞いてるよ。ちいたんが、彼女とけんかしたんやろ?」
たしかに、話は聞いてるみたいだけど・・・
「うん、それでね・・」
僕は話の続きを話し始めた。
けど、やっぱりナオさんの意識は半分以上手の中の折り紙に
行っているようで、うんうん相づちは打つものの、
話の途中で、目の前にたくさん折ってあるパーツを数えたり
しはじめる。
「にのしのろのはのと。じゅうやろ。にのしのろのはのと。にいじゅうやろ。ん
で、これがにのしのろ、ろくやろ。あと四つか・・・」
そして、思い出したように僕の方を見て、「それで?」
と話の続きを促したりする。
「・・・・もういい」
僕がちょっと拗ねてそっぽを向くと、ナオさんは心配そうに顔を
のぞき込んできた。
「なんか怒ってる?」
「怒ってなんかない」
僕は顔をのぞき込むナオさんから目を逸らしてぼそりと言う。
「どしたん?な〜、機嫌なおして?」
ナオさんは相変わらず僕が機嫌を損ねた理由は分からないようで、
後ろから僕をぎゅうぎゅう抱いて耳に囁いてくる。
僕は体を捻ってナオさんに首に抱きついた。ナオさんの手が髪を撫でる。
僕は気持ちよくてうっとりと目を瞑った。
ナオさんの手は大きくて、あたたかくて、この手で髪を撫でられると
ものすごく気持ちがいい。
拗ねた気持ちなんていっぺんに吹き飛んでしまう。
僕は首に抱きついたまま、おねだりしてみた。
「今度、どこかへ連れて行って?」
「お、デートってヤツか?」
ナオさんの声が嬉しそうだったので、僕は心底安心した。
いったん体を離して、ナオさんと顔を合わせる。
「んじゃ、日月のの連休にいいとこ連れてってやる」
ナオさんは目をきらきらさせて言う。
「いいとこって?」
「ひーみーつ!お泊まりやから、お泊まりセット持ってこいよ」
わしゃわしゃと頭を撫でられて、僕は嬉しくてもう一度ナオさんに
抱きついた。
ナオさんとは駅で待ち合わせした。
約束の10時ぴったりに、ナオさんはのんびり現れる。
僕にお泊まりセットを持ってこい、といったくせに自分は手ぶらだ。
ナオさんが切符を買ってくれて、2人で電車に乗った。
「ね、ドコ連れてってくれるの?」
今日は連休なだけあって、電車の中はかなり込んでいた。
そのおかげで、僕がナオさんとくっついていても全然平気。
僕はナオさんを見上げて聞いた。
「すんげえ広くて、全然人の居ないトコ」
・・・・・どこだろう?
「ま、着いてからのお楽しみ!」
ナオさんは僕の顔をのぞき込んで云うと、僕の手をぎゅっと握った。
電車からバスに乗り換える。
バスはがらがらに空いていて、僕とナオさんは一番後ろの席に座った。
窓を開けていると、秋の爽やかな風が吹き抜けてすごく気持ちがいい。
僕はナオさんの肩にそっと頭を持たせ掛けた。
ナオさんが髪を撫でてくれる。
ものすごく満ち足りた気持ちだった。
「次は終点、N大学北、N大学北です。ご利用ありがとうございました」
のんびりと目を閉じていると、軽やかな音楽と共にアナウンスが流れた。
「N大学・・・ってナオさんの?」
びっくりして見上げると、ナオさんが満面の笑みで頷く。
「そ。まこちゃんに僕の大学見せようと思ってさ〜」
ナオさんが僕の手を引いて立ち上がる。
バスを降りると、そこはまるで森だった。
バス停から、ずっと奥まで紅葉した桜並木が続いている。
「ここをずーーーーーっと歩いていくと、理学部があるよ」
休日の大学は、人気がなく静まり返っていた。
桜並木の下を、2人で手を繋いでのんびり歩く。
時折はらはらと落ちてくる木の葉を、ナオさんが空中で捕まえて
僕にくれた。
「はい」
えんじに色づいたはっぱを受け取りポケットにしまう。
ナオさんが、初めてくれたプレゼント。
僕は嬉しくてたまらなかった。
校舎の脇にある、学校案内を2人で見上げる。
「僕が普段使ってるのはココ。第6号棟。いつもご飯を食べてるのはココの
第一食堂で、好きなのはラーメン。本を買うなら、食堂の上の本屋。2割引
で買えるんよ。ここに文房具とかも売ってる。あ、そうだ。ココでお弁当食べ
ようね〜」
ナオさんは指で指しながらいろいろ教えてくれたあと、最後に芝生と書かれ
た場所を叩いてこういった。
「芝生があるの?」
「すげー広いよ。ここで、お昼食べてのんびりしよう」
ナオさんは僕の顔をのぞき込んで云う。
「お昼までは、大学の中を探検しようね!」
たんけん、なんてうんと小さいとき以来で、なんだかどきどきする。
僕はナオさんの手を握り締めた。
迷子になってしまわないように。
実際、大学の中は迷子になりそうなほど広かった。
ここにあるのは理学部と工学部だけ、らしいのだけどそれにしたって、
僕の高校の3倍はありそうだった。
「あ、ナオ!」
2人で廊下を歩いていると、誰かに声をかけられた。
急にかけられたので、びっくりして飛び上がる。
「お!くまだん!どしたん?休日に〜」
「レポート再提出」
ナオさんに声を掛けた人は、がっくりしながらこういうと、こっちにやってきた。
「お前はどうせ一発で通ったんだろ?」
「勿論。Aプラでね〜」
「うっわ。ムカツク!ちょっとできると思って!」
その人は笑ってナオさんにこういうと、隣の僕に目を向けた。
「ナオの弟?」
不思議そうな顔でナオさんに聞く。
僕は、内心びくびくしていた。
なのに、ナオさんは平然としていて、しかもとんでもないことを云う。
「ううん。こいびと」
僕は唖然として、ナオさんを見上げた。
普通、こういうのって隠す事じゃない??
ナオさんにこう云われた人も、やっぱりびっくりしたようにナオさんを見、
それから笑って
「バーカ!んじゃ、また火曜日にな!」
というと、手をひらひらさせて行ってしまった。
「バーカ!だって。ホントの事やのにねえ」
ナオさんは僕を見下ろして云う。
僕は背伸びして、ナオさんの頬に口づけた。
芝生の上は、秋の穏やかな光が満ちていて爽やかだった。
ナオさんに頼まれて作ってきたお弁当を平らげて、2人してビニールシートの
上に寝そべる。
お腹はいっぱいだし、
お天気は良いし、
風はさわやかだし、
隣にはナオさんが居るし。
僕たちの他には誰も居ないし。
「しあわせやね〜」
ナオさんはのんびり云ってねむたげに空を見上げた。
「うん」
眠たげなナオさんを見ていると、僕まで眠たくなる。
僕はナオさんに擦り寄ってぴったりと身体をくっつけた。
ナオさんの手が、ゆっくりと髪を撫でる。
僕はうっとりと目を閉じた。
「まーこーちゃん!」
ナオさんの声で目が醒める。
本格的に寝ちゃってたみたいだ。
目を開けると、僕を見下ろすナオさんの顔が間近にあった。
「おはよう」
そっと額に口づけが落ちる。
僕は腕を伸ばしてナオさんの首に抱き付いた。
「おはよ」
「よく寝てたねえ」
ナオさんが髪を撫でる。
「寝顔、かっわいかったよ」
耳元でささやくように云われて、僕は思わず赤面した。
「あれ、顔が赤いよ?」
ナオさんはそんな僕の顔を見て、からかうように言ってくる。
「赤くないもん!」
僕がムキになって否定すると、ナオさんはおかしげに笑って
頬に口づけた。
「こんなに熱いのに?」
口付けた頬を舐められる。
くすぐったくて、顔を背けてナオさんを押すと、意外にあっさり離れてくれた。
「ここであんまりじゃれるとヤりたくなるからな」
・・・・・そういう事ですか
いつだって正直なナオさんに僕は思わず笑ってしまった。
「夜は・・・寝かせないからね?」
後ろから抱き付いたナオさんが熱い吐息を耳に吹きかけて囁いた。
|