dark novelette

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  不幸較べ  

 俺がそいつに会ったのは、夕暮れの人気のない公園でだった。
 そいつはクラスメイトだけど、別段仲が良い訳ではなく、言葉を交わす事すら稀…何しろひたすらに大人しく、人と話しているトコなどほとんど見た事のない…だったのに、夕闇迫る公園のベンチでうなだれているのが、奴だということに、俺は一目で気がついた。

「…よぉ」
 近づいて、声をかけると、那波は弾かれたように顔をあげた。びっくりした顔をして、俺の事を見つめる。
「桐山くん…」
 囁くように呼ばれた自分の名前に、ちょっと安心する。声を掛けてみたものの、他人の空似だったらどうしようかと思っていた。
「なに、してるの?」
 小さな声。
「なにって…」
 聞こうと思っていたことを反対に聞かれてしまって、思わず言葉に詰まる。
 俺はどうしても家に帰りたくなくて、あてもなくフラフラ歩き回っていた。いい加減歩き疲れてどこかで休みたくなったけれど、一文無しの俺はどっかの店に入って落ち着くというワケにもいかない。
 仕方なしに公園に来てみたら…出会ったワケで。
「散歩」
 俺は短く言うと、笑って那波の隣りに腰を下ろした。
「お前こそ、何してんの。こんなトコで」
 那波とこんな風に話すのは初めてだ。
 隣りに座ってみて、よく分かる身体の小ささ。すぐ側にいるというのに、この存在感の薄さはどうだろう。華奢な体つきと、なんだかいつも淋しそうに見える、優しげな顔だちのせいなのか、呼吸一つ、瞬き一つも、なんだか遠慮がちに見える。
「家を追い出されてしまって」
 他事を考えていたせいで、一瞬聞き逃しそうになる小さな声をかろうじて捕らえる。
 …追い出される??
「親と喧嘩でもしたのか?」
 プライベートに立ち入る気は全くないけど、思わず聞いてしまう。
 那波は、俯いたまま小さく首を振るとぽつりと呟いた。
「僕、親は居ないから」
 この言葉を聞いた途端に、後悔した。
 やっぱり他人に関わるもんじゃない。俺は…自分のことで精一杯だし、他人のトラブルに首つっこんでる余裕なんかない。
 これ以上の深入りを避けようと、黙った俺の沈黙を、話の先を促していると勘違いしたのか、那波が小さな声で話を続ける。
「今は、おじさん…母の弟なんだけど…と一緒に住んでるんだ」
「…じゃ、そいつと喧嘩したんだ」
 どうでもいいから、早く話を終わらせようと早口で結論づけると、那波は再び首を振った。
「喧嘩なんてしてない…。ただ、機嫌が、悪かったみたいで…出てけって」
 言いながら、ぶるりと身体を震わせた那波に、俺は初めて那波がやけに薄着な事に気が付いた。まだ冷え込みの激しい三月だというのに、薄手のいかにもたよりない白シャツ一枚で…
「おい!お前靴は?」
しかも靴を履いていない。
「履いてる間もなく追い出されたから…」
 ぼそぼそと言う那波に、俺は慌ててジャケットを脱ぐと、那波の肩に掛けてやった。
「追い出されたって…何なんだよ、そのオジサンて!」
 思わず声を荒げる俺に、那波が慌てたように口を開いた。
「あの、違う。別に八木さんは…」
 言いかけて口ごもる。
 その、いかにも庇うような口調に、俺はあきれかえった。
 八木、というのがそのおじさんの名前なんだろうけど、自分を家から追い出すような奴の事を、那波はどう思ってるのだろう。
 ふと、時計を見ると、公園の丸時計は既に六時を過ぎていた。
「俺、帰らなきゃ」
 慌てて立ち上がり、那波を見下ろす。
「気を付けて、帰れよ」
「桐山くんも」
 手を振る那波に手を振り返し、俺は足早に公園を出た。
 家へ向かう足取りは限りなく重い…。


「お帰り。遅かったねえ」
 玄関のドアから顔を出した男が、俺の顔を見るなり嫌味たっぷりの口調で言った。
「すみません。公園で友達と会って、話し込んでしまって」 
 視線を合わせないまま、早口で答える。
「君が、出ていったのかと思って、心配したよ」
 俺が出て行けやしないって事は、こいつが一番よく知ってるってのに、よくもこんなことが言えたもんだ。
「すみません」
 俺は、無表情のまま、頭を下げた。
「約束したよねえ。私が帰ってくる前に、家に居てねって」
 男の手が俺の頬へと伸びる。
 いやらしげな手つきで頬を撫でられて、俺は身体を強張らせたまま頷いた。
「はい」
「君となるべく長い間、一緒に居たいんだよ」
 顔を近づけ、囁くように男が言う。耳許に懸かる生温かな息に、俺はぞっと鳥肌を立てた。
「そのまま、ダイニングへおいで。着替えなくていい」
 ようやく離れた男の手に、小さくため息をつく。帰るのが遅くなったことで、男の機嫌を損ねたことは間違いない。
 俺は、覚悟を決めるとのろのろと食堂へと向かった。


「ズボンを脱いで」
 大人しく、俺はズボンを下ろした。言われる前に、無表情のまま下着も引き下ろす。
「そこに伏せて、待ってなさい」
 夕飯の支度が整然と設えられているバカでかい食卓の真ん中に、上半身を伏せる。
 何を、されるのだろう?
 考えまいと思えば思うほど、強い不安が心を占める。
 背後に立つ男の気配に、俺の身体は緊張で震えた。
 男の汗で湿った手が、晒された尻を撫で回し、奥を探る。
「力を抜いて」 
 声と共に、指をねじ込まれた。ローションをまとわりつかせているのか、ぬめる指は、さほどの抵抗もなく根元まで埋められる。
 ぐりぐりと内部を抉るように動かされて、俺はきつく目を閉じると、漏れそうになる声をぐっと堪えた。
「君のココは可愛いね」
 背中に聞こえる含み笑い。
「こんなにぎゅうぎゅう私の指を締め付けて。指なんかじゃ物足りないだろう?」
 ゆっくりと指が引き出される。次は犯されるのだろうと覚悟して息をつくと、予想に反して後ろに冷たいモノが押し当てられた。
「ぐぅっ」
 一気に進入してくるモノのあまりの大きさに、思わず潰れたうめき声が漏れる。
「ちょっと、大きかったかな」
 男は、言いながらも手を休めずに、ぐいぐいと俺の中に異物を押し込んでいった。
 喉元まで圧迫されるような苦しさに、呼吸さえままならない。全身が冷たい汗に濡れるのが分かった。
「う…あぁっ」
「キツそうだね」
 半ばまで収めたモノを強引に引き出されて、思わず悲鳴を上げてしまう。
「でも、じき慣れる。そのうちコレも物足りなくなるよ」
 男は笑って、再び更に奥まで異物を突き入れた。
 身体が震える。俺は、浅く息を吐きながら、ぐったりと机に身体を預けていた。
「起きて。服を着なさい」
 ぺちぺちと尻を叩き、男が言う。
「食事にしよう」
 起きることも、服を着ることも、ましてや食事なんてできそうになかったが、男の命令ならば、できないことでもしなければならなかった。
 腕に力を込めて、無理矢理に身体を起こす。 体内を抉る異物に、今にも吐きそうなほど気分が悪かったが、俺はぐっと歯を食いしばると、
床に脱ぎ捨てた服に手を伸ばし、のろのろと身につけた。
 手に力が入らなくて、何度も服を取り落としてしまう。
 男は、俺が長い時間をかけて、苦労しながら服を着る姿を、にやにやと笑ってみていた。
「席について。今日は君の好きな魚だよ。ワイン蒸しにして貰ったが、口に合うかな?」
 机に手をついて身体を支えながら、よろよろと自分の席へ向かう。
 恐る恐る腰を下ろすと、案の定一層奥深くまで異物をくわえ込む羽目になり、俺は半端な中腰のまま、訴えるように男をみた。
「ちゃんと座って。ボタンも上まで留めなさい。食事はきちんと取らなくてはね」
 今まで散々食卓で自分を弄んでおいて、よくそんなことが言えるもんだ。
 俺は、ムカムカしながら、半ばヤケ気味に椅子へ腰掛けた。
 がん!と頭を横殴りをされたような衝撃。 俺は、ぴくりとも身動きできずに、固まっていた。
 背中を汗が伝う。
「背筋を伸ばして。ボタンも留めなさい」
 少しイラついた声に、俺はぶるぶると震える手でボタンを留め、足にぐっと力を込めて背筋を伸ばした。
 苦しい、苦しい、助けて。痛い、身体が裂かれるみたいだ。息ができない。助けてくれ!
 苦痛だけが頭を占め、何も考えられない。
「さあ、食べよう」
 男が、にっこりと笑って食事を始めても、俺はフォークに手を伸ばすことすらできなかった。
「全部食べるまで、席を立ってはいけないよ」
 優雅な手つきでワインを飲みながら、男が俺に向かって言う。
 俺は、虚ろな目でテーブルの上を見渡した。
 スープ。サラダ。ワイン蒸しだとかいう魚。パン。
 この家には家政婦の他に、お抱えのシェフが居て、夕飯はそいつが作る。いつもなら夕飯は、俺のこの家での唯一の楽しみだったが、今日のように男に台無しにされることもしばしばだった。
「食べられません」
 なんて言って、許される訳がないのは百も承知なので、やっとの思いでスプーンを手に握る。 それからの数十分は、地獄のようだった。
 駄目押しのように、男が目の前に出してきたデザートのプリン(俺の好物…だけど、今は食いたくなかった)まで、苦労して口に押し込み、ようやく食事を終える。
「口元が汚れてるよ」
 不意に男の手が伸びてきて、俺はびくりと身体を竦ませた。
 顎を掴まれたかと思うと、そのまま覆い被さるようにして、男が深く口づけてくる。
 ねじ込まれるぬめる舌に、俺は身体を震わせながら、目を閉じた。
 犯されるのと同じくらい、キスが嫌いだ。
 強張る舌を舌で嬲られ、散々に口中を蹂躙される。
「…続きはリビングでしようか。君もそろそろ限界だろう?」
 男は、唇を離すと、髪を一撫でして、俺の手を掴んだ。
 ぐい、と引き寄せられるがままに、立ち上がる。
 身体の中の異物が、その存在を主張して、俺は息を詰めると、椅子の背もたれに掴まった。
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