「別れよっか」
目の前のナオさんがぽつりと云った。
「え?」
急に云われた言葉が理解できなくてぽかんとする。
一体ナオさんは何をいってるんだろ?
何も云わない僕を、ナオさんはじっと見つめた。
「別れよう」
今度はすとん、と言葉が胸に落ちた。
頭が理解する前に、胸がぎゅうっと締め付けられる。
「ど、どうして?」
聞こえた自分の声が、涙声だったのに驚いた。
「他に好きな人ができたから」
いつの間にか、ナオさんの隣に女の子が居た。
「この子にラブレター貰ってね、僕も好きになったから」
ナオさんの手が、その子の肩に回る。
おさげの女の子は、恥ずかしげにナオさんの顔を見上げた。
「ぼ、僕は?僕の事はもうキライなの?」
ナオさんは何も云わずに、その子の肩を抱いたまま僕に背を向けた。
「ナオさん!」
振り返りもせずに、行ってしまう。
「待って!待って!ねえ、ナオさん!」
何故だか足が動かない。
僕はその場に突っ立ったまま、声を限りにナオさんの名前を呼んだ。
「ナオさあん!!」
自分の絶叫で目が覚めた。
すごい勢いで心臓がばくばく鳴っている。
急に起きたせいで、気持ちが悪かった。
・・・・・なんて夢
頬が涙で濡れている。
目の前のナオさんのTシャツも、涙で濡れて色が変わっていた。
そのままじっと、ナオさんの胸に頬を押しつける。
夢の余韻が消えなくて、あとからあとから涙が零れる。
僕はナオさんにしがみついて、嗚咽を漏らした。
「ん・・・・」
ナオさんが身じろいで、無意識に僕を抱きしめる。
ぎゅっと胸に抱きしめられて、僕はとうとう声をあげてわあわあ泣いた。
「まこちゃん!?」
滅多なことでは起きないナオさんも、僕の大きな泣き声に、びっくりして飛び起きた。
「ど、どうしたの?」
おろおろと僕の顔をのぞき込み、優しい手で髪を撫でる。
僕はナオさんの首にしがみついて、肩口に顔を埋めてぐすぐす泣いた。
ナオさんの手が、あやすように背中を叩く。
僕は、盛大にしゃくりあげながら随分長いこと泣いていた。
「まこちゃんたら、朝っぱらからどうしちゃったの?」
やっと泣き終えた僕の顔をのぞき込んで、ナオさんがからかうように云う。
僕は鼻声のまま、ナオさんの顔をじっと見つめた。
やり場のない悲しみに、思わずやつあたりしたくなる。
「ナオさん、別れようって云った」
恨めしげにナオさんを睨む。
もちろん、夢の中でのできごとだから、ナオさんのあずかり知るところじゃない。
理不尽な事を言っているのは分かってたけれど、云わずにはいられなかった。
「ええ??」
案の定ナオさんは素っ頓狂な声をあげて、僕の顔をじっと見返す。
「呼んだのに、振り返ってもくれなかった」
僕はなおも言い募るとナオさんの胸を軽く叩いた。
「ごめん」
涙顔でやつあたりする僕に、ナオさんは困ったように謝って、僕をぎゅっと抱きしめる。
僕は途端に後悔した。
僕が勝手に見た夢だから、ナオさんに当たるのはお門違いだ。
第一、あんな夢を見た原因は、僕の中にある。
それなのに、ナオさんときたら、僕の背中を撫でながらもう一度小さな声で
ごめんね、と繰り返した。
「ナオさん」
居たたまれなくなって、ナオさんの顔を見上げる。
「ん?」
ナオさんは優しく目だけで微笑んで、じっと僕の顔を見つめた。
「僕・・・・」
なんて云ったらいいのか分からなくて、言いよどむ。
「どしたん?」
ナオさんの手が柔らかに僕の髪を撫で、僕は決心して口を開いた。
「おととい、クラスの子から手紙貰った。好きですって」
ナオさんが、びっくりしたように目を見開く。
僕は俯いてぽつりと云った。
「秘密にしててごめんなさい」
金曜日、学校から帰る時下駄箱に入っている手紙に気が付いた。
開けてみたら、ラブレターでびっくりした。
差出人は、クラスの子。
いつも髪をおさげにしてる、大人しい感じの子だ。
ナオさんと付き合うようになってから、ラブレターを貰うのは初めてで、僕はすごく動揺した。
好きだって云って貰えるのは嬉しい事だけど、僕が好きなのはナオさんだけだし。
今週は土曜日が休みの週だから、ナオさんの家に泊まりに行く約束をしていて、
僕は手紙の事を気にしながらも、ナオさんの家に遊びに行った。
ナオさんに手紙の事を言おうかどうか、迷っている内に言いそびれて、そのうちに
ナオさんと一緒に居るのが楽しくて、手紙の事なんてすっかり忘れていて・・・。
でも、やっぱり心のどこかにひっかかっていたみたいだ。
あんな夢を見るなんて。
夢の内容を、ナオさんに話して聞かせると、ナオさんは神妙な顔で聞いていた。
「そのおさげの子って、まこちゃんの事が好きな子なん?」
「そう」
「さすが夢なだけあって、むちゃくちゃやね」
ナオさんはくつくつと小さく笑い、僕は少しむくれてナオさんの顔をのぞき込んだ。
「ナオさんは、僕の事を好きってゆう子がいても心配じゃ無いの?」
「心配じゃないよ」
「どうして!?」
僕は、ナオさんの事が好き、なんていう人が居たら、ものすごく心配だ。
「え?だってまこちゃんが好きなのは僕なんやし」
あっさりと云われて、思わず黙る。
たしかに、そうだけど、そのとおりだけど・・・
「もしかして、その子に僕が取られたらどうしよう、とか思わない?」
しつこく食い下がって聞く。
「仮定の心配は基本的にしない主義やもん」
のんびりと云われた言葉に力が抜けた。
前から、悩まない人だとは思ってたけど、こういう訳だったのか・・・
僕は、なんとなく面白くなくて、もぞもぞとナオさんに背を向けた。
僕なんて、始終悩んでるのに。
しかも、仮定の心配ばかり。
もし、ナオさんが居なくなったら。
もし、ナオさんが死んじゃったら。
もし、ナオさんに好きな人ができたら。
もし、ナオさんを好きな人が現れたら。
もし、ナオさんが僕を嫌いになったら。
もし、ナオさんが別れよう、なんて言い出したら。
考えるだけで、胸が張り裂けそうになるのに。
ナオさんときたら、仮定の心配はしない主義だなんて。
なんだか、自分ばっかりナオさんの事が好きな気がして悲しくなる。
「まこちゃん?」
背を向けたまま、黙ってしまった僕に、ナオさんは困ったように声を掛けた。
「なんか怒ってる?」
ナオさんはホントににぶちんだ。
「怒ってないです」
「怒ってるやん・・・」
ナオさんは小さく苦笑して、そっと僕を抱き寄せた。
抵抗しようかどうか迷って、結局そのまま抱きしめられる。
僕は小さく息を吐いて、ナオさんの胸に身体を預けた。
ナオさんの腕の中は、すごくすごく安心できる。
「まこ」
小さく呼ばれて振り返ると、ナオさんがそっと口付けてきた。
目を閉じて、口づけを受ける。
僕は、ナオさんの首に腕を回すとぎゅっと抱きついて小さな声で囁いた。
「ずっと側にいてくれる?」
とっくに止まったと思っていた涙が、また零れてきて自分でも驚く。
ナオさんは、涙に濡れた僕の頬をそっと舌先で舐めると、僕の頬を大きな両手で包み込んで囁き返した。
「居るよ。まこから離れたりなんかしない」
吐息が掛かるほどの至近距離で囁いて、そっと唇を舌先で舐める。
僕は自分から口を開いて、ナオさんの舌を受け入れた。
ゆったりと舌を絡めながら、ナオさんの手が頬から首筋へと滑る。
耳の後ろを擽るように撫でながら、項を撫でて、指先で喉を辿る。
ナオさんの指が辿ったところが燃えるように熱い。
火照り出す身体をもてあまして、僕はナオさんの背中に縋り付いた。
「抱いて」
僅かに唇が離れた瞬間、無意識に唇から言葉が零れる。
ナオさんは答える代わりに、ぎゅっと僕を抱きしめた。
苦しくて、息が出来ない程の抱擁。
「まこ」
耳元に囁かれる自分の名前は優しく甘く・・・
僕はうっとりと目を閉じて、息を吐いた。
「な、おさん・・・もっと・・・っ」
夢の余韻を消したくて、いつも以上にナオさんを求めた。
ナオさんの腰に足を巻き付けて、うんと自分に引き寄せる。
ぐぐっとナオさんが僕の中で容積を増すのが分かった。
無造作に僕の足を肩に掛け、角度を変えてナオさんが激しく腰を打ち付ける。
僕は甘ったるい声を上げながら、ぬるくなったシーツをきつく掴んだ。
繋がった部分から聞こえる濡れた音。
「ひあっ!!」
ナオさんを受け入れていっぱいに拡がった縁を撫でられて、思わず声をあげる。
「も、ドロドロ・・・」
ナオさんの手が、下腹部を撫でる。
指先で僕の放った白濁をかき混ぜ、その指に舌を絡めていやらしげに舐める。
「ナオさんっ!!」
目の前で見せつけるように恥ずかしい事をされて、僕は真っ赤になってナオさんを睨んだ。
「やっといつものまこちゃんに戻った」
ナオさんが笑って僕の頬を撫でる。
僕はぎゅっとナオさんの首にしがみついた。
ナオさんが再びゆっくりと動き始める。
僕は全身でナオさんを感じながら、ナオさんの首筋に頬を押しつけた。
荒くなってくるナオさんの息づかいが愛おしい。
「一緒に・・・イこ」
耳元に囁かれる熱い囁きに、思わずぎゅっと締め付ける。
途端に深く抉られて、僕は背中を反らしながら何度目かの白濁を放っていた。
ナオさんも僕を抱きしめながら、迸りを叩き付ける。
ぽたり、とナオさんの顎から汗が落ちた。
「まこちゃんはさ・・・、その子の事どう思ってるん?」
火照った体のままじっと胸に抱かれていると、しばらくしてからナオさんが小さな声でぽつりと聞いた。
「・・・・気になる?」
ナオさんの顔を見上げる。
「気になる」
ナオさんはまじめな顔をして頷いた。
その顔は、ほんのちょっとだけ不安げで、僕は一気に嬉しくなる。
「ただのクラスの友達だと思ってた・・・、けど」
「けど?」
ナオさんが語尾を捕らえて聞き返す。
僕の返事を待つ顔が、さっきより不安げだ。
僕はナオさんに抱きついた。
「夢の中で、ナオさんに肩抱かれてたから、すごく嫉妬した」
ナオさんが、驚いたように僕の顔を見る。
僕は、ナオさんの唇に音を立てて口づけた。
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