夜
「はぁ」
薄闇の中で目を開き、小さくため息をつく。
眠れない。
まだけだるさの残る身体で寝返りを打ち、僕はナオさんの身体にぴったりとくっついた。
蒸し暑い夜。
扇風機が低くモーターを唸らせながら、生ぬるい空気をかきまぜている。
普段なら、行為の後は半分気を失うようにして眠りに落ち、そのまま朝までぐっすりなのに、今日は何故だか、目が冴えていた。
心臓の音が、いつもより大きく聞こえる。
夜中に一人で目を覚ますと、決まって心許ない気持ちになる。
隣にナオさんがいてもだ。
すぐ隣にいて、こんな風にくっついていても、眠っているナオさんは、どこか僕から遠いところにいる気がする。
ナオさんは、相変わらず盛大な寝息を立てて眠っている。
深い呼吸に合わせて、上下するお腹に手のひらを当てる。
汗ばんだ肌は触れると手にぴったりと密着した。
手を伸ばし、枕の上でくしゃくしゃになっている髪を撫でる。
柔らかなねこっ毛は、やっぱり汗ばんで少し湿っている。
僕は身体を起こすと、上からナオさんの寝顔を見つめた。
寝ているナオさんは無表情で、僕の知らない人にも見える。
普段のナオさんは、表情豊かだ。
僕を見て、明るく笑う。
いたずらっぽく笑う。
ちょっとエッチな顔をして笑う。
目だけで笑う。
うんと優しい顔で笑う。
そして、いつでも言ってくれる。
「まこちゃん大好き」
寝ているナオさんは、当たり前だけど言ってくれない。
閉じられた目蓋に口付ける。
この目蓋を持ち上げて、僕を見つめてくれたら良いのに。
顔の中心にある鼻先に、軽く歯を当ててみる。
ナオさんは鼻がいい。
「今日はプールだったでしょ」
「シャンプー変えたん?」
僕を抱きしめては鼻をひくつかせて言う。
寝ているナオさんは、僕の匂いをかいでもくれない。
ちょっと鼻を摘んでみる。
「ん…」
無意識のナオさんの手が、僕の手を押しのけて、僕はまた少し淋しくなる。
起きているナオさんは、こんなことをしないから。
いつでも僕の好きにさせてくれるから。
寝ているナオさんは、やっぱり僕の知っているナオさんとは違う。
僕はじっと上からナオさんの顔を見つめ、ナオさんの身体を手のひらで撫でた。
手の下に、しっかりとした筋肉の厚みを感じるお腹から、トランクスの中へと手を忍ばせる。
今は大人しくなっているソレを手の中に包み込み、やんわりと握ると、ナオさんが小さく身動いだ。
「ん」
微かに甘い声をあげ、それでもナオさんはぐっすり眠っている。
僕は、思い切ってナオさんのトランクスに手をかけると、無理矢理下へずり下ろした。
ナオさんの上にかがみ込み、手に握ったモノに唇を寄せる。
ちろりと先端を舐めると、それはむくっと手の中で大きくなった。
嬉しくなって、根元から先端まで、余すところなく舐め回す。
「う…ぅ…ん」
小さなうめき声に、ナオさんのモノから口を離さず、横目でナオさんの顔を見ると、
ナオさんは小さく眉根を寄せ、微妙な表情をしていた。
あ、ちょっと新鮮かも。
僕はちょっと嬉しくなって、ぺろぺろと目一杯舌を使う。
普段のナオさんは、こういう時もだいたい余裕しゃくしゃくの顔をしていて、にっこり笑って僕の髪を撫でてくれたりする。
それはそれで嬉しいけれど、こんな風に感じてくれてる、って手応えのあるのが楽しくて。
とろりと溢れ出してきたものを啜り、小さく水音を立てながら、すっかり張りつめた先端に舌を当てる。
小さく顔を傾けて、ナオさんの一番感じる場所を、きつく舐め上げると、ナオさんの腰がぶるりと震え、そして寝ぼけ混じりの声がした。
「…んあ」
起こしちゃったかな?
僕はとっさにナオさんから離れると、タオルケットをかぶって寝たフリをした。
「…まこちゃん?あれ?」
まだ眠たげな声と共に、ごそごそと何かを探すように、ナオさんの手が布団の上をさまよう。
むくりと起き上がる気配に、僕はじっとケットの下で息を殺した。
小さい頃したかくれんぼのような、懐かしいドキドキ感。
「まーこーちゃん」
ナオさんの手が、そおっとタオルケットを剥ぎ、僕の顔を見ているのが分かる。
けれど、僕は寝たふりを続けた。
じっと目を瞑って、わざとらしく寝息をたてて。
するりと頬を撫でられて、ぴくっと身体が動いてしまう。
バレバレだとは思ったけれど、僕は目を開けなかった。
ナオさんは、優しく僕の髪を撫で、そして唇にそっとキスをしてくれた。
その首に腕を回して、もっとキスをねだりたいのをじっとこらえて、されるがままになっていると、
ナオさんの手が、するりと僕のTシャツの下に滑り込んできた。
胸元までシャツをたくしあげられて、晒された素肌の上を、扇風機の風がぬるく撫でる。
「…っ」
いきなり胸先を掴まれて、思わず声をあげそうになった。
くにくにと揉み込まれて、そこはあっという間に芯を持って固く尖る。
両方を指先で弄ばれて、僕は荒くなる息を押さえるのがやっとだった。
胸をいじられているだけなのに、触れられてもいない下半身まで反応する。
浅ましくも、僕の身体は次の刺激を欲していた。
相変わらず、ナオさんの両手は僕の胸を遊んでいる。
くりくりと円を描くようにこね回したり、手のひら全体で押し潰したり、かりかりと爪先でひっかいたり。
物足りなさに、ひくっと僕の喉が動く。
指先で触れているそこに、唇を押し当てて欲しい。
いつもするように、甘く噛んで、やらしく舐めて、きつく吸い上げて欲しい。
そんな僕の欲望を、知ってか知らずか、ナオさんは僕の額にちゅっと一つ口づけを落とした。
胸先から離れていく指に、思わず吐息が漏れる。
今度は、下に触れてくれるはず。
期待に、トランクスの下で張り切ったモノが、一層膨らんだ気がした。
つっと指先が、胸の真ん中からへそまでを一直線に撫でる。
トランクスのゴムまで辿り着いたかと思うと、逆戻りして脇腹へ。
まるで迷路を辿るように、僕の身体の上を、縦横無尽にナオさんの指が走る。
どこもかしこも焦れったくて、僕は叫び出したくなるのを懸命に堪えた。
汗でじんわり湿ったシーツを、きゅっと掴み、細く息をもらす。
「うぁっ」
その時、予想外の刺激に、僕は思わず声をあげた。
ナオさんが、トランクスの上から、僕のモノを銜えたのだ。
布地越しでも、はっきりと分かるほど形を変えたソレを、そのまま銜え、ざりざりと舌で刺激する。
目を瞑っていても、感覚で、ナオさんの唾液と僕の先走りが、トランクスにいやらしく染みを作っていくのが分かった。
直接に触れられるよりももどかしい。
それでいて妙に刺激が強くて、僕はあっという間に限界を迎えた。
「んんっ」
濡れて張り付いた布地の上から、やんわりと歯を立てられて、そのままトランクスの中に放ってしまう。
「はぁっ、はぁっ」
もう、息を殺すことはできなくて、僕は荒く息をついた。
でも、相変わらず目は瞑っていた。
意地をはるつもりはなかったけれど、寝たふりごっこは、思った以上にスリリングで面白くて。
ナオさんもそう思っているのか、なーんにも言わないで、やりたいようにやっている。
べちゃべちゃのドロドロになった僕のトランクスを、ナオさんの手が脱がしてくれた。
僕の膝を掴み、ナオさんが大きく足を割り広げる。
ナオさんの目前に晒されているだろう自分の痴態を思うと、恥ずかしくてたまらない。
けれど、その羞恥心がいっそう僕をいやらしい気分にさせるのも事実で。
目を瞑っているから、次に何をされるか分からない、そのドキドキと相まって、僕はいつになく興奮していた。
放ったもので濡れた僕のモノを、ナオさんの手が無造作に掴む。
「んぅっ」
たったいま射精したばかりのモノに触れられるのは刺激が強すぎて、僕は小さく声を漏らした。
「はぁっ」
今度は僕の白濁にぬめる指先が、後ろへと滑らされる。
つぷりと潜り込んでくる指を、僕は身体の力を抜いて受け入れた。
ほんの数時間前まで、たっぷりとナオさんに愛されていた身体は、易々と指を飲み込み、物足りないとでも言うようにひくついて、中を蠢くナオさんの指を締め付ける。
指なんかじゃなく、ナオさんのモノが欲しい。
固く反り返ったソレの感触を、さっきまで銜えていた唇に思いだし、たまらなくなる。
引き抜かれた指に、僕はごくりと唾を飲み込んだ。
あの場所に、熱い先端が触れるのを、今か今かと待ちかまえる。
それなのに、そこに押し当てられたのは二本に増えた指先だった。
指なんかじゃ、まるで足りない。
その質量も熱も、僕が待ち望んだものには到底足りなくて、僕はもじもじと腰を揺らし、無言の不満を訴えた。
「ぁあっ」
いきなり固く勃ちあがったままの胸先を口に含まれて、今度こそはっきりと嬌声をあげてしまう。
舌先で転がすように舐め回し、歯を立てて、きつく吸い上げる。
さっきしてほしかった事を、この期に及んでしてくれるナオさんに、僕はもうこらえきれず、腕を回して抱きついた。
ふふっ、とナオさんが笑い、吐息が胸元に掛かる。
僕はなんだかくやしくて、それでももう我慢はできなくて、ナオさんにしがみついたまま、その耳許で声をあげた。
「も、挿れて。ナオさん、お願い!」
僕を穿っていた指が、引き抜かれ、今度こそはちきれんばかりに張りつめた、熱い先端が宛われる。
「早く…っ!」
焦燥のあまり、ナオさんの背中に爪を立てると、ナオさんは気配で笑って、それから一気に僕を貫いた。
期待以上のモノで埋め尽くされて、僕の全身が歓喜に満ちる。
ナオさんは、初めから激しく僕を突き上げた。
まるでナオさん自身も、この時を待ちきれなかったみたいに、僕の足を抱え上げ、より奥まで貫こうと腰を押しつける。
繋がった部分を小刻みに揺すられて、僕はまた声をあげた。
「あぁっ、ナオさん!」
ナオさんの動きに合わせて、僕も淫らに腰を使う。
繋がったまま、ぐいと身体を持ち上げられて、衝撃に息が詰まった。
「まこちゃん」
囁きに、つい目を開けてしまう。
「オハヨウ」
にやりと笑って言うナオさんに、僕はぷっと頬を膨らませ、「いじわる」と小さな声で言った。
「やっとまこちゃんの目、見れた」
優しい目が、じっと僕の目を覗き込む。
「…会いたかった」
僕は思わず呟くと、ぎゅっとナオさんに抱きついた。
セックスの真っ最中に、「会いたかった」もないけれど、なんだか久しぶりにナオさんの顔を見た気がして。
ナオさんは、僕も、と笑うと、下から僕を揺すり上げた。
「あっ、あ、あぁっ」
「せっかく会えたんやから、しばらくは離さんよ」
僕の耳を甘く噛んで、ナオさんが低い声で囁く。
「離さないで。ずっと、ずっと抱いてて」
「よしきた」
いつもどおりのナオさんに、僕は思わず笑っていた。
やっぱり、起きてるナオさんがいい。
僕の顔を見て、笑ってくれるナオさんが。
僕の腕を、受け止めてくれるナオさんが。
僕を抱いてくれるナオさんが。
僕は大好き。