「さーさーのーはさーらさら〜」
居間からのんびりした歌声が聞こえる。
僕は夕飯のそうめんをゆでながら、熱心に七夕飾りを作っているナオさんを振り返った。
ベランダにはわっさりと葉を茂らせた笹・・・どこからかナオさんが持って帰ってきた・・・が、くくりつけられていて、あとで一緒に短冊や飾りをつけることになっている。
七夕をするなんて小学校以来の事で、なんだか少しわくわくする。
ナオさんはこういう行事ごとが大好きで、七夕も毎年していると云っていた。
「ね、まこちゃんはいくつお願いごとする?」
銀色の折り紙で星を作りながら、ナオさんが顔をあげて僕に訊く。
願いごとかあ・・・
「いっぱい」
何をお願いするかはまだ決めていないけど、やっぱりたくさんしたくってこう答えると、ナオさんは笑って言った。
「よくばり〜」
そして、不意に真剣な顔をする。
「僕はね、今年はひとつだけにするんだ」
「何をお願いするの?」
「それを今考えてるとこ〜」
のんびりと云いながら、ナオさんが作り終えた星を箱に入れる。
箱の中は色とりどりの飾りでいっぱいになっていた。


今日の夕飯は、えびと三つ葉のかき揚げとおそうめん、たこときゅうりのサラダに卵焼き。
ナオさんはクーラーが好きじゃないから、今日もクーラーはかかってないけど、大きく開けたサッシから涼しい風が流れ込んで、部屋の中は割りに快適。
窓際に吊した風鈴が、風が通るたびにちりんと鳴るのも気持ちいいし、ベランダの笹がさわさわと鳴るのも涼しげだ。
「夏休みは、予定ある?」
「ナオさんとどっか行きたい!」
「そやね〜。どっかのんびり行きたいよね〜」
取り留めなく話をしながら、夕御飯をすっかり平らげて、後かたづけは二人でした。
僕が洗って(ナオさんが洗うとそこら中を水浸しにする上に、洗い方が雑なんだもん)、ナオさんが拭く。
ひとりでしていたら面白くもなんともない雑用だけど、ナオさんと二人ですると、こんなことまでが楽しくてしょうがない。
「さ、後かたづけも終わったし、あーそーぼ!」
洗い物が終わるやいなや、ナオさんはいそいそと居間に戻り、テーブルの真ん中に箱を置いた。
「これが、まこちゃんの分」
目の前にたんざくとおりがみとペンが置かれる。
「ナオさんのは?」
ナオさんの前にたんざくが置かれていないのを見て首をかしげると、
ナオさんは笑って何かが書かれた青いたんざくをひらひらさせた。
「僕はもう書いちゃった」
「なんて?なんて書いたの?」
すごく気になる。
僕はナオさんのたんざくが見たくて手を伸ばした。
「ひ〜み〜つ!」
ナオさんがひらりと身体をかわす。
「え〜!教えてよ〜。気になる!」
たんざくをとろうと伸ばした僕の手からするりと逃げると、ナオさんはぎゅうぎゅうと僕を抱きしめて囁いた。
「大事なお願いは、ヒミツにしておいたほうが叶いそうやんね?」
うーん。
たしかに、そんな気はするようなしないような・・・。
耳元に掛かる息がくすぐったくて首を竦める。
「だから、まこちゃんのお願いも見ないから。ね?」
ナオさんはわざと甘い声で囁きながら、僕の耳を柔らかく噛む。
「ん・・・」
僕は曖昧に喉で頷くと、ナオさんの首に腕を回した。
「そんなにくっついたら暑くない?」
「ううん」
僕は小さく首を振った。
「まこちゃんはすごく熱い」
ナオさんは笑って言うと、僕にふうふう息を吹きかける。
「くすぐったいってば!」
耳や頬を掠める息がくすぐったくてしょうがない。
「さましてあげようかと思ったのに」
「ばか」
真顔で云うナオさんの額をちょっと弾くと、僕はナオさんを押しのけた。
このままじゃれてたら、ますます熱くなっちゃいそうで・・・
「ナオさんは先に飾っててよ。僕も書いたらすぐに行くから」
ナオさんに飾りの箱を押しつける。
「ん!」
ナオさんは僕の頭をわしゃわしゃ撫でると、ベランダへと出ていった。


たんざくを前に、悩む。
お願いしたいことはたくさんある。
背がうんと伸びますように、とか。
期末テストで良い点とれますように、とか。
ナオさんとずっと仲良しでいられますように、とか・・・。
他にもいろいろ。いっぱいある。
僕は迷った末に、結局全部お願いする事にした。
一枚一枚、丁寧にたんざくを書いていく。
「ナオさーん。書けた〜」
僕はペンのキャップをしめると、たんざくを持ってベランダに行った。
「わ!随分たくさん書いたねえ」
ナオさんが僕の手のたんざくを見て笑う。
黄緑色の笹に、色とりどりの飾りがついて、すごく綺麗。
「んじゃ、交替ね」
小さなベランダに二人は狭いから、ナオさんと交替して、今度は僕が短冊をつける。
「ナオさんのお願いは?」
「てっぺん」
上を見ると、僕の手が届くか届かないかの高さのところに、青いたんざくがひらひらしていた。
僕も一番大事なお願いは高いところに付けたくて、うんと背伸びして笹を掴む。
しっかりと手を伸ばして、僕はしっかりと細い枝にこよりをきつく結びつけた。
「ん!上出来〜」
部屋の中からベランダを見て、ナオさんが嬉しげに目を細める。
「綺麗に星も見えてるし、最高の七夕やね」
云われて空を見上げると、うっすらと天の川が見えていた。


部屋からベランダに足を投げ出して、二人で夜空を見上げて涼む。
蚊取り線香のにおいがぷんとして、なんだかすっかり夏気分。
「まこちゃん、あーん」
瑞々しく光る赤いつややかなサクランボをナオさんが口に入れてくれる。
「おいしい?」
ナオさんが顔をのぞき込む。
見つめられながらあまずっぱいサクランボを食べていたら、不意に胸がきゅんとなった。
「ナオさん、あのね」
「ん?」
僕を見つめる優しい眼差し。
その目で見つめられるだけで、僕はとろりととろけそうになる。
「僕、ナオさんのことが大好きだよ」
じっと目を見つめ返して告白する。
ナオさんはふっと目だけで笑って、ゆっくりと僕に口付けた。
甘く唇を噛んで、柔らかく吸い上げる。
「は・・・」
思わず唇を薄く開いて息をもらすと、あっという間に舌が滑り込んでくる。
「ん・・・」
僕はうっとりと目を閉じて、ナオさんの首に腕を回した。
次第に深くなる口づけに、鼓動が激しくなってくる。
舌伝いに流れ込んだ唾液を喉を鳴らして飲み込んで、ほんの僅かに唇を離す。
「まこちゃん」
至近距離で囁くナオさんの吐息は、甘く熱い。
僕はナオさんの頬を両手で挟むと、もう一度自分から口付けた。
「・・・?」
そっと唇を離すと、ナオさんが怪訝な顔をする。
「プレゼント」
僕は笑ってナオさんに抱きついた。
「これが?」
ナオさんが笑って舌を出す。
舌の上には、うす茶色のさくらんぼの種が乗っていた。
「んじゃ、お返しをしやんとね・・・」
ナオさんがおもむろに僕を抱き上げる。
「お返し?」
身体が持ち上げられる浮遊感に、ナオさんの首にしがみつく。
「そ。愛をたっぷりと」
片目を瞑って冗談めかしていいながら、ナオさんが僕をベッドに下ろす。
七夕の威力は絶大だ。
もう、ひとつ叶っちゃった。
僕は笑って、ナオさんの手を引っ張った。