深夜、ぐっすりと眠っていた僕は、携帯の唸る音で目を覚ました。 充電器に置かれた電話が、着信ランプを青く光らせて震えている。 ちらりと時計を見ると2時過ぎだ。 こんな遅くに誰だろう? 間違いか、悪戯かも…。 少し警戒しながら画面を見ると、電話の主はナオさんで、僕はびっくりしながら電話に出た。 「ナオさん?」 ナオさんが、こんな遅くに電話を掛けてきたことなんて一度も無い。 何かあったんだろうか? 少し心配しながら呼びかけると、ナオさんは電話の向こうで、大きく息をついた。 「まこちゃん。良かった」 安心したような声に、面食らう。 「どうかしたの?」 「ううん。何でもないん。ただ、ちょっと心配になって…様子見に来ちゃった」 「様子見に来たって…」 まさか、と思いながらカーテンを開けて表を見ると、家の前にナオさんが立っていた。 僕に気づいて手を振ってくる。 僕は慌てて携帯を切ると、パジャマの上からコートを羽織って、部屋を飛び出した。 「ナオさん!」 「まこちゃん」 ナオさんの腕の中に息を切らして飛び込むと、ナオさんがぎゅっと抱きしめてくる。 僕は腕を伸ばして、ナオさんの首に抱きついた。 「寝てたやろ。ごめんねえ」 済まなさそうな顔をして、ナオさんが僕の顔を覗き込む。 「ううん。それより、どうしたの?」 僕は首を振って、ナオさんの顔をみあげた。 寒さのせいか、鼻が赤くなっていて、指先で触れた頬は、びっくりするほど冷たかった。 「いつからいたの?」 「ちょっと前」 頬に触れた僕の手を掴み、ナオさんが照れくさそうに笑う。 「ヘンな夢見てねえ。急にまこちゃんの事が気になって…。慌ててここまで来たはいいけど、もう電気消えてるし。電話しようかどうか迷って…」 ナオさんがしゃべる度に、白い吐息が夜気に零れる。 「ヘンな夢ってどんな?」 僕はナオさんの手をぎゅっと握り返した。 「また今度、話すよ。今日はもう遅いし。明日も学校やろ?」 たしかにもう2時過ぎで、明日は学校だったけれど、せっかくナオさんに会えたのに、これで別れてしまうのはイヤだった。 「今、話して。気になっちゃって寝られないよ」 ナオさんは、ほんの少し困ったような顔をしたけど、笑って僕の髪を撫でた。 「んじゃ、ちょっとだけ散歩しようか」 「うん!」 深夜の散歩なんて楽しそうだ。 僕はすっかり嬉しくなって、大きく頷いた。 「ナオさんの靴下も持ってこれば良かったね」 ナオさんに言われて、着替えに戻った僕だけど、あったかい格好をして出てきた僕とは正反対に、ナオさんはパジャマ代わりのスウェットにコート、素足にサンダル履きという格好でなんだか寒そうだ。 「平気平気。まこちゃんと一緒やもん」 そう言うナオさんは、ほんとに寒さなんてへっちゃらに見える。 「ねえ。どんな夢を見たの」 ナオさんと手を繋いで歩きながら、話をねだると、ナオさんはゆっくりと話し始めた。 「夢にまこちゃんが出てくるのは、たまにあることなんやけど、今日はね、ジャングルみたいなところにいてん」 「二人きりで?」 僕の夢にも、ナオさんがしばしば登場する。 ナオさんが出てくる夢は、ほとんどが良い夢で、僕は大好きなのだけど、今回ナオさんの見た夢は、良い夢じゃなさそうなので、僕は慎重に質問した。 「ううん。僕は一人で、まこちゃんはいっぱい」 「え?いっぱい?」 「そう。そこら中にまこちゃんがいるの」 僕は、うじゃうじゃいる自分を想像して、なんだかキモチが悪くなった。 「わ〜。まこちゃんいっぱいだ!と思って、喜んでまこちゃんに手を伸ばしたんやけど、まこちゃんに手が触れた途端、そのまこちゃんは消えちゃってん」 「消えた?」 「うん。シャボン玉みたいに」 しょぼんとして、ナオさんが呟く。 「どのまこちゃんも、僕が近づくと同じように消えちゃって、どんどんどんどんいなくなっちゃって。最後には一人もいなくなっちゃって、ジャングル中走り回って、まこちゃんを探し回ってたら、こけて目が覚めた」 「………」 なんて言ったら良いのか分からなくて、僕は黙ったままぎゅっとナオさんの手を握りしめた。 ナオさんは、それで心配して、僕の所まで来てくれたんだ。 こんな寒い夜中に。 大慌てで。 家の前で、僕の部屋を不安げに見上げるナオさんの顔が目に浮かぶ。 なんだか涙が出そうになって、僕は立ち止まると、ナオさんにぎゅっと抱きついた。 「ナオさん」 「ヘンな夢やろ」 抱きついた僕の背中をそっと撫でながら、ナオさんが苦笑する。 「ヘンな話しちゃって、怖くなった?」 「ううん。嬉しい」 僕をいつでも想ってくれて。 いつだって僕を気にしてくれて。 こんな風に、会いに来てくれて。 すごく嬉しい。 「大好き…」 囁くと、ナオさんはそっと優しい口づけをくれた。 「僕もだよ。僕もまこちゃんが大好き」 深夜過ぎの住宅街は、人通りなんて全然なくて、車も通らない。 僕らは道の真ん中で、長々とキスを交わすと、再びのんびり歩き始めた。 「コンビニでも寄ろうか」 このまままっすぐ駅前の通りに出れば、コンビニがある。 たどり着いたコンビニで、ぐるぐる店内を見ていると、ナオさんがかごを手に、嬉しそうにやってきた。 「ほら!こんなのがあったよ」 かごの中を覗き込むと、大きな太巻きが入っている。 「ほら、今日は節分やろ」 言われてみれば、たしかにもう2月3日になっていて、僕はコンビニの準備の早さに少し驚いた。 太巻きと温かいお茶、チョコレートとメントスを買って、コンビニを出る。 「今年って、どっち向いて食べるんだっけ?」 「今年の恵方は南南東!…だから、あっちやね」 ナオさんが、コンビニ袋をぶら下げた手で、南南東を指さす。 「あっちに神様がいるから、丸かぶりしやんと」 僕らは、近くの公園まで歩くと、水飲み場で手を洗って、ベンチの脇に立った。 二人並んで、南南東の方角を向き、黙々と太巻きを食べる。 それはちょっと異様な光景だったけれど、なんだかひどく楽しくて、食べ終わる頃には、二人して笑い声をあげていた。 「あぁ苦しい!丸ごと一本て、結構量があるね」 「お腹空いてたから丁度良かった」 ベンチに座り、温かいお茶を並んで飲む。 ほぅ、と同時に息をつくと、二人の呼気が混じって溶けた。 「今日の夜は、また一緒に遊ぼうか」 「うん。一緒にまめまきしよう」 ナオさんなら、年の数だけまじめに豆を食べそうだ。 「鬼のお面を作らんとね」 少し張り切ったようにナオさんが言う。 「豆まきで鬼を追い払えば、ヘンな夢も見やんだろうし」 真顔で言うナオさんがおかしくて、僕は笑ってナオさんに寄り添った。 ナオさんの手が、肩を抱く。 深夜のデートも良いなあ。 僕は幸せ気分に浸って、うっとりと目を閉じた。 |