dark novelette
□人研修
「あぁ、もうこんな時間だ。腹減らない?」
大滝さんの言葉に時計を見ると、既に針は七時近くを指している。
「あぁ!」
早く帰らないと、夕飯が…。
僕は慌てて身体を起こし、その瞬間奥をぐるりと抉った異物に、低く呻いて身体を丸めた。
「おいおい、大丈夫か?ほら、抜いたげるから、力抜いて」
大滝さんの手で、バイブを引き抜いて貰い、大きく息を吐く。
僕は、大滝さんに向き直ると、深々と頭を下げた。
「今日は、いろいろありがとうございました」
本当に、大滝さんが居なかったら、どうなっていたか分からない。僕は、心から感謝しながら、お礼を言った。
「いーえ。どういたしまして。俺も、ふーと遊べて楽しかったし。もう、帰るのか?」
「帰って夕飯作らないといけないので…」
僕が言うと、大滝さんは、そっか、と少し残念そうな顔をした。
「また、会えると良いな」
「はい」
そんな風に言って貰えるのが、嬉しくて、僕は少しはにかみながら頷いた。
服を着るのまで手伝って貰って、玄関まで見送られる。
こんなに人に優しくされたのは…しかも初対面の人に…初めてで、僕は少し名残惜しい気持ちにさえなりながら、大滝さんに別れを告げた。
「さようなら」
「おやすみ。気を付けてな」
最後まで、優しい声に送られて、マンションを出る。
あまりにもたくさんの事が起こった一日に、僕はぼんやりしながら、家路についていた。
「お帰りなさい!」
帰るなり、弟がまとわりついてくる。
「お父さんは?」
「まだ帰ってきてない」
今日は仕事が休みの筈なのに。どこかで飲み歩いたり、パチンコや競馬で無駄遣いをしたりしてなきゃ良いけれど。
僕は小さくため息をつくと、弟の顔を見上げた。
「遅くなってごめんな。夕飯、何食べたい?」
「カレー」
「カレーは明日するから、今日はチャーハンでも良い?」
「うん」
弟の顔を見ていると、なんだかやっと日常に戻って来られた気がする。
小さい頃、弟は病気ばかりしていて、随分心配したけれど、いつのまにかすっかり大きくなって、今は僕より体格がいいくらいだ。
けれど、甘えんぼで淋しがりのところは、小さいころとちっとも変わっていなくて、もう中三だというのに、相変わらず家に居るときは僕にべったり甘えてくる。
弟は、僕にとってなによりも大切な存在だった。小さな頃からずっと。
弟を守る為なら、どんなことでもできる気がする。
「仕事、どうだった?」
背中に聞かれて、僕は思わず包丁を持つ手を止めた。
「フツウ…かな。まだ一日目だからよく分からないよ」
声に動揺が出ないように気を付けながら、さらりと答えておく。
「頑張ってね。兄ちゃん」
「ん!」
弟の声に答えながら、心の中で自分に言い聞かせる。本当に、頑張らなきゃ。どんな仕事でも…やるしかない。
これからどうなるのか、内心不安でたまらなかったけれど、それを顔には出せなくて、僕はことさら明るく弟とじゃれあった。
家に居る間だけでも、全てを忘れていたい。 明日からはまた、得体の知れない日々が待っていた。
次の日。駅に降り立って、僕は人波に揉まれながら、しばし立ち止まっていた。
右に行けば会社。左に行くとマンション。一体僕はどっちに行ったら良いんだろう?
ちらりと考えて、左に向かうことにする。会社に行っても、何をしたら良いのか分からないどころか、行く場所すら分からないことに気が付いたから。
もしかしたら、まだ大滝さんが居るかもしれない。ほんのちょっと期待しながらドアを開けたのだけれど、玄関には靴がなく、乱雑に散らかった部屋はしんと静まりかえっていた。
少し落胆しながら、カーテンと窓を開け、空気を入れ換える。昨日、大滝さんはここで夕食を取ったらしい。僕は、かばんを置くと、テーブルに散らかった食べかすやビールの空き缶を片づけた。
ついでに家中を探して、掃除機を見つけだし、そこら中に掃除機をかける。
雑巾があれば、拭き掃除ができるんだけど。
明日、家から持ってこよう。
そう考えた途端に、我に返る。
掃除なんてしている場合じゃない。
僕は、掃除をするために雇われたんじゃないんだし。
…働かないと。
僕は大きく深呼吸をすると、掃除機を片づけて、寝室へ行った。
くしゃくしゃになったシーツを剥がし、洗濯機へと持っていく。腕いっぱいに抱えたシーツからは、微かに大滝さんの匂いがした。
クローゼットの奥からシーツの替えを出し、ベッドを整える。
「取り敢えず…何からしよう」
僕は口に出して言いながら、落ち着かない気分でクローゼットから箱を出した。
「そうだ。取り敢えず洗浄…」
苦しかったのを思い出して気が重くなるけれど、やらないわけにはいかない。
僕はため息を付きながらトイレへ向かった。
昨日と同じく、苦労してなんとか腹を空っぽにすると、よろめきながらシャワーを浴びる。
「次は…何しよう」
普通に会社に行っていたら、僕の勤務時間は九時から五時まで。少し早めに出てきたから、今はまだ、九時にもなっていないだろう。五時まで、一体何をして過ごせば良いんだろう?
取り敢えず、今日はアレを…自分で挿れてみなきゃな。
昨日、大滝さんに挿れてもらったバイブの事を思い出す。記憶にある限り、昨日のは部長のよりも小ぶりなサイズだったから、今日はもう少し大きいのに挑戦してみた方が良いのかもしれない。
僕は、深々とため息をつくと、シャワーを止めてバスルームを出た。
「紺野風くん?」
背後から聞こえてきた声に、びくりと振り返る。
「は、はは、はい」
慌てて頷きながら、僕は肩から掛けていたタオルで身体を隠した。
いつの間に居たのか、部屋のソファに眼鏡を掛けた男の人が腰掛けている。
驚きのあまり心臓をバクバクさせて、黙ったまま突っ立っている僕に、その人は笑って歩み寄ってきた。
「取り敢えず、座ろうか」
手を取られて、導かれるままソファに腰を下ろす。
「私は国井。この会社の嘱託医です」
僕の顔を覗き込むようにして、その人が言う。言われてみて気が付くと、その人は白衣を羽織っていた。
「今日は、君の健康診断に来ました」
「健康診断?」
意外な言葉にびっくりして国井と名乗る医者の顔を見る。
「そうです。新入社員は、全員受けることになってるんですよ」
僕も一応、新入社員として認められているらしい。僕はちょっとほっとした。
「皆、昨日済ませましたから、あとはあなただけです」
「す、済みません。わざわざ」
僕一人のために、ここまで来させてしまったなんて申し訳なくて、僕は頭を下げた。
しかも、僕ときたらこんな格好だし…。
「あの、僕着替えてきます」
あたふたと立ち上がると、国井先生はにっこり笑って僕の腕を掴んだ。
「その必要はありません」
再びソファに座らされたかと思うと、タオルまで取り去られる。
「あ、あの…」
「恥ずかしがらなくて良いんですよ。私は医者なんですから」
と、言われてもやっぱり恥ずかしくて、身体を縮めていると、先生は白い手を伸ばして僕の肌に滑らせた。
ひんやりとした手が、慎重に僕の身体をまさぐる。
「今まで大きな病気をしたことは?」
するり、と脇腹を撫でながら言う先生に、僕は首を振りながら、やっとの思いで答えた。
「ありません」
「持病もないですね?」
下腹部へと下りていく手に、無意識に身体が逃げる。
「ないです…ぅっ」
いきなり、股間を握り込まれて、僕は思わずうめき声をあげた。
「部長から、あなたをよろしくと頼まれていましてね」
ゆるゆると手を動かされて、身体が震える。
「今日はじっくり診てあげますよ。何もかもね」 先生は、にっこりと笑うと、すっかり勃ちあがった僕自身から手を離した。
「残念…。洗浄は済ませてしまったんですね」
リビングから寝室へと場所を移した先生は、僕をベッドに四つん這いにさせ、尻の間へと指先を滑らせた。
「私が手ずからしてあげたかったんですが、それはまたの機会に取っておきましょう」
するりと尻を撫でると、勝手知ったる様子で、クローゼットの扉を開ける。
け、健康診断…じゃ、ないの?
全然想像と違う事になってしまって、僕は混乱しながらも、何もできずにされるがままになっていた。
「力を抜いて下さいね」
ぬるりとしたものが、後腔に塗りつけられたかと思うと、つぷりと指先が埋められる。
「う…」
ゆっくりと入ってくる指先のもたらす圧迫感に、僕は歯を食いしばると、僅かに喉を反らした。
「温かいですね。体温は高い方なのかな?」
優しい声とは裏腹に、勢いよく引き出された指が、今度は一気に突き入れられる。
「うぅっ」
激しい痛みに、僕は低く呻くと、シーツをぎゅっと握りしめた。
「ここは、もう使いましたか?」
濡れた音を立てて、ぬめる指が何度も出入りする。僕は、下を向いたまま、震える唇を開いた。
「バ、イブを…」
「それだけですか?部長は?」
「部長は、あの、明日…っ」
息が切れる。僕は、短く息をつきながら、なんとか質問に答えた。
「じゃあ、私が先に頂く訳にはいきませんね」
声と共に、ずるりと指が引き抜かれる。
「代わりに、道具で楽しませて貰いますね」
背中に聞こえるどこか嬉しげな声に、僕はしつこく、健康診断は?と考えていた。
「ほんとに二回目ですか?随分上手だ…」
昨日、大滝さんにコツをレクチャーして貰った甲斐があったらしい。部長に奉仕した時よりも、幾分か上達したみたいだ。
優しく髪を撫でられて、僕は複雑な気持ちになりながらも、先生のモノにゆっくりと舌を絡めた。
僕の後ろには、細身のバイブが埋め込まれていて、先生の気まぐれで時々それが振動する。
身体の中で物が動くというのは、ひどく気持ちの悪いもので、僕はもじもじと腰を揺らしていた。
「今度は奥まで飲み込んでごらん」
くっと頭が押さえつけられ、舌の奥まで怒張が押し込まれる。喉の奥が異物を押しだそうと蠢き、空気を求めて震える。
苦しさにじわりと涙が滲んだけれど、なんとか堪えて、僕は顔を上下に動かした。
歯を立てないように、細心の注意を払って、唇と舌で扱き上げる。
イヤだとか、気持ちが悪いとかいう気持ちよりも、仕事なんだから真面目にやらなければ、という気持ちの方が強くて、僕は半ば夢中になりながら、先生のモノを銜えていた。
「は…っ、もうそろそろ…」
ぐいっと髪が掴まれ口から自身が引き出される。その瞬間、顔に生温かなモノがどろりと掛けられた。
「思った通り…顔射が似合いますね」
呆然としている僕の汚れた頬を撫で、先生がにっこりと笑う。
「さ、今度は君の番です」
僕は、無意識に手のひらで汚れた頬を拭うと、倒されるがままに、ベッドに横になった。