噂が広まるのって、ホント早いんだな…
豊は半ば感心しながら、目の前の教師の渋面を眺めた。
あの事を、皆の前で言ったのは、ほぼ一ヶ月前。
その時、あの場所に居たのはせいぜい10人足らずだった筈。
それなのに…
いつの間にかクラス中に広まり、学年に広がり、学校中の噂になり、果ては教師の耳に届いた。
ま、いずれはこういう時が来ると思ったけど。
授業後、生徒指導室に来るように、と言い渡されて、大人しくやってきた豊を待っていたのは、教頭の取り調べだった。
「最近、妙な噂を耳にしてね」
一応、神妙な顔をしてソファに座っている豊をちらりと一瞥して、教頭が口を開く。
「はぁ…」
気のない返事をした豊に、教頭はもぞもぞと椅子に座り直した。
「で、どうなんだ?」
どうなんだ…って言われてもなぁ。
豊は、どう答えたものか迷って、教頭の顔を見た。
冷静な顔を作ってはいるが、心中穏やかでは無いらしく、顔が引きつってるし、視線が泳いでいる。
きっと、長い教師人生で、こんな事に初めて直面したんだろうなぁ。
豊は、少し教師に同情しながら、なるたけオンビンに事を済ませようと、簡潔な言葉を選んだ。
「あ〜、噂なら本当っす」
ぴしりと教頭の顔に緊張が走る。
「…と、言うことは、何だ。その、お、お前は…え〜、誰だ。あの…」
「ハルオカ」
言葉に詰まった教頭に、豊が助け船を出す。
「そう!春岡だ。春岡と、その…付き合ってるというか、え〜、あの、何だ。関係があるというか…」
関係っつうのは身体の関係の事?勿論あるけど。
と、思ったがそれは口に出すのを止めて「付き合ってます」とだけ言っておく。
豊のあっさりした肯定の返事に、教頭は複雑な表情をして黙り込んだ。
古い伝統と格式を誇り、規則のやたらと厳しいこの学校では、校則に”不純異性交遊厳禁”と掲げられており、この時代錯誤も甚だしい校則が、”あの学校に入れれば悪い虫が付かなくて良い”と、評判になっているせいで、教師達は皆、生徒達の動向に目を光らせていた。
生徒達も、表面上は大人しくこの校則に従っていて、大して問題を起こすこともない。
そんな中で、突然沸いて出たこの問題に、教頭が頭を悩ませているのは、明白だった。
何しろ、相手が相手だからな…
黙ったままの教頭の顔を、ちらりと盗み見る。
教頭は、くっきりと眉間に皺を刻んで、腕組みをしたままあらぬ方向を見つめていた。
学校に語り継がれている”不純異性交遊をした場合どういう処分が下されたか”を参考にすれば(俺の場合は同性だけど)
こういう場合、まず”別れろ”って言われて、それを拒否したら(なんと)退学…という結末を辿るらしい。
でも、俺はともかく、満を退学になんてできねえもんなあ。
豊は、恋人の満を思いだして、小さく笑った。
何しろ、この学校は半分、春岡家のモノといっても過言じゃないくらいだし。
満の家は、大変な資産家で、昔からこの辺り一円の土地を所有している大地主だ。
なるべく自然のまま残し、マンションや駐車場は作らせない、という方針のおかげで、この界隈は開発の手を逃れ、都市部には珍しく、緑豊かな良い環境になった。
この学校は、その春岡が所有する土地の上に建てられている。
その上、春岡家からは毎年どかん!と寄付金があるらしい。
というわけで、いかなる理由にせよ、満が退学になることはない。
一体、なんて言う気だろ。
豊は、内心少し楽しみにしながら、教頭の顔をちらりと見上げた。
「校則は、知っているな」
「はぁ」
やっと口を開いたかと思ったら、校則の話かよ。
つまらなく思いながらも、曖昧に頷く。
「でも、俺たち異性じゃないし」
たしか校則には、不純異性交遊禁止、と書いてあった筈。
俺たちは不純かもしんないけど、異性じゃないから違反じゃない。
そう思って口答えすると、教頭は苦々しげな顔でばかもん!と声をあらげた。
「学生の本分は勉強だ。恋愛なんかにうつつを抜かしとっちゃいかん」
それも男同士で…
ごく小さな声で呟かれた台詞を、俺は聞き逃さなかった。
内心むっとしたけれど、ごたごたするのは面倒だから、ぐっと我慢する。
「とにかく、なるたけ付き合いは控えなさい。もう高2なんだから、そろそろ受験も視野にいれないと…」
ぐだぐだと続く言葉を右から左へ聞き流す。
長い説教の間中、俺は満の事を考えていた。
きっと、待っててくれてる筈…
ひとしきり説教して、ようやく満足したのか教頭が部屋から出ていき、俺は少し間を置いてから、のんびりと立ちあがった。
「ゆた」
耳慣れた声に振り返ると、廊下の曲がり角から、満がひょこりと顔を出した。
「みつる」
途端に豊の頬が緩む。
豊は、廊下に人気が無いのを幸いに、満に駆け寄りそのままぎゅっと抱きしめた。
「先生に、何て云われたの?」
心配そうな顔。
豊は笑って、満の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「たいしたことねぇよ。付き合ってんのかどうか、聞かれただけ」
実際の所、そんなモンだよな。
「それで…?」
「付き合ってますっつったら、あぁそうかって」
「それだけ?」
不安げな瞳が、じっと豊の顔を見つめる。
「それだけ」
豊は、にっこりと笑うと、額に軽く口付けた。
「おれ、豊が呼び出されたってきいて、どうしようかと思って…」
満の頭には、自分の家がこの学校にどれだけ影響力があるかなんて、さっぱり入っていないらしい。
「大丈夫だよ」
満の背中を優しく撫で、豊は小さく囁いた。
「良かった…」
豊の腕の中で、満がほっと安心の溜息をつく。
可愛い…
こみあげてくる愛しさと、同時に沸き起こるムラムラ。
豊は、満の手を掴むと、ついさっき出てきたばかりの生徒指導室へと舞い戻った。
「え?え?どうしたの?」
びっくりしたように目をぱちぱちさせている満を思い切り抱きしめて、うんと深く口付ける。
腕の中で、びくりと満の身体が震え、そしてゆっくり力が抜けていく。
狭い部屋の中には、二人の交わす口づけの音だけが響いていた。
安っぽいニセ革張りのソファに深々と腰掛けて、満を手招きする。
満はほんの少し迷って、恥ずかしそうにしながらも豊の膝を跨いで抱きついてきた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめて、髪や顔にキスの雨を降らせる。
「ゆた」
くすぐったげに首を竦める満の頬を両手で挟んで、豊は最後の仕上げにとびきり甘い口づけを唇に落とした。
「ん…」
甘く喉を鳴らした満の手が、豊の背中に回る。
指先に込められた力の強さになんとなく安心しながら、豊は何度も角度を変えて口付けた。
「はふ…」
「はぁ」
同時に漏れた溜息に、顔を見合わせて笑う。
「も、俺、我慢できないよ?」
熱い吐息と共に囁きながら、軽く下から突き上げる真似をすると、満は僅かに頬を染めて頷いた。
「おれも」
云いながら、微かに腰を揺らす。
「早く…ゆたが欲しい」
ごくり、と豊の喉がなる。
可愛い恋人にこんな事を言われて、平静でいられる奴がいるだろうか?
豊は、熱くなる身体を持てあまして、満をソファへ押し倒した。
「はぁ…っ、ん、んっ…」
口元を押さえて、満が小さく腰を揺らす。
ソファの背へ片足を掛け、足を大きく開いた姿はひどく扇情的で、下半身がじわりと疼く。
豊は、ぺろりと唇を舐めると、目の前に扇情的にそそり立つモノへ再びしゃぶりついた。
双玉を舌で転がすと、所在なさげに豊の髪をかき混ぜていた指に、ぎゅっと力が籠もる。
そのまま舌を滑らせて、後ろの窄まりを舐めると、満の足が緊張に強張った。
「待って。ね、や…っ」
ひくひくと震える後ろに、強引に舌をねじ込む。
顔の横で、ひくひくと内股の筋肉が震えているのが分かった。
そこから顔を引き離そうと、指先が髪を掴む。
「もうちょっとだから…我慢して」
宥めるように云いながら、舌伝いにたっぷりと唾液を流し込む。
舌を抜き差しするたびに、室内に濡れた音が響き、それが一層二人を煽った。
しっかりと後ろが潤ったのを確認してから、慌ててかちゃかちゃとベルトを外す。
ズボンの前は、はちきれそうに窮屈で、ずり下ろしたパンツには既にシミが出来ていた。
「ゆた」
足に触れた豊のモノに、満がつと手を伸ばす。
片手できゅっと握られて、豊は思わず低く呻いて腰を引いた。
「バカ。イっちまうだろ」
ただでさえ暴発寸前、早く満に入りたくてうずうずしているモノを、いきなり握られては敵わない。
「熱いね」
「………」
頼むから、そんな愛おしげに撫でないでくれ。
マジ、イきそ…っ
ぐっと腹に力を入れ、なんとか堪える。
「も、挿れたい…」
情けない、掠れ声。
「ん」
にっこりと笑って放してくれた手が、嬉しいような残念なような…。
自分を欲しがっているように見える、ひくつく後ろに先端を宛う。
ゆっくりと腰を進めると、その分だけ自分のモノが満の中に沈んでいった。
そういえば、こんな明るい場所で、繋がっている所をこんなじっくり見たこと無いかも。
豊は、乾いた唇を舐めると、自分のモノが出たり入ったりしている場所をじっくりと眺めた。
「はあ…っ」
小さく背を反らし、満が溜息をもらす。
狭いソファの上という、不安定な体勢。
満の手は、ずり落ちないように、しっかりとソファを掴んでいる。
ぎゅっぎゅっと妙な音を立てて、ソファが軋み、汗ばんだ肌にくっついてくるニセ革の感触が、気持ち悪かった。
「みつる」
覆い被さるようにして満に口づけ、次第に腰の動きを早める。
「あ、あっ」
突き上げる角度を変えた途端、満の声が高くなる。
「しっ。外に、聞こえる…」
豊の言葉に、満は顔を赤くすると、慌てて口を噤んだ。
そんな満を見ていると、なんだか意地悪をしたくなって、わざと満の感じる所を、狙って突き上げてみる。
「ん、んっ」
満は、顔を赤くしたまま、唇を噛んでぎゅっときつく目を閉じた。
身体の間で擦れているモノを手の中に握り込み、腰の動きに合わせて扱く。
満は、堪えきれないといった様子で、ソファを掴んでいた手を放すと、口を押さえて首を振った。
乾いた音を立てて、髪が揺れる。
豊は、ずり落ちそうになる満の身体をしっかりと支えると、一際奥へと突き上げた。
「ん、ぁあっ」
最後の最後に、甘い嬌声が迸る。
豊も、その声と同時に、満の中へ放っていた。
「ココ、意外にイイかもな」
身支度を整えた後も、二人はソファの上でべたべたと抱き合っていた。
「ここら辺、あんま人通んないし、内側から鍵掛かるし、ソファあるし…」
まんざら冗談でもない顔で云う豊に、満は笑って鼻を弾いた。
「バカ。も、二度とやだからね」
「どして?」
「声が出せないから」
顔を覗き込む豊の髪に触れながら、満が真顔で言ってのける。
「……そっか」
豊は明るく笑うと、満の肩を抱き寄せた。
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